ミラーノイズ
ジュリアとテルは、ファナに戻ってきた。
ヴァーン研究所に戻り、
フェンダーの眠っている部屋にやってきた。
「まずは、うつしてみるか…」
ジュリアは、フェンダーを鏡に映す。
心の鏡は、まずはフェンダーの姿を映し、
鏡の中がゆれ、やがて、夜の雪原を映し出した。
「雪原?」
「これが熊の心の中か?」
「フェンダーさんの出身はディアン。ラシエルとの間に雪原がありましたよね」
「…なんか、違うな」
ジュリアは軽く否定した。
「何か?」
テルが聞き返す。
「ディアンサイドだろ、雪原は」
「あー…、はい。そのあと、山を越えてラシエルです」
「星がくっきりしている。この雪原は、思うにラシエルだ」
「でも、ラシエルには雪原は…」
ジュリアは鏡を持ったまま、頭をわしゃわしゃとかいた。
「かー!めんどうだな。中に入ってみっか」
「んー…もう少し考えたほうが…」
ジュリアは憮然とし、それでもまた、テルと鏡を覗き込んだ。
鏡の中は、ディアンサイドの雪原ではないようだ。
ジュリアの指摘にあるように、星がきれいで、
何より広さが違う。
雪原というより…
「なんと言うか、王様の広間って程度だな、この雪原」
「似たようなこと考えてました…あ!」
「どうした」
「雪原の真ん中、誰かいます」
ジュリアとテルで、鏡の中を食い入るように見る。
雪原の真ん中の人物は、
金髪で青の衣を着ている…まではわかる。
そして、鏡の中の視界が動いた。
視界が下に動く。
そこは雪原と地面の境目のようだ。
雪原と地面の境目が、なんだかゆらゆらとゆがんでいる。
足元と…マフラーを手に持っているのが視界に広がる。
また、視界が、雪原の中の人物に戻される。
じっと見ているような視界。
雪原の中、ポツリとたたずむ、誰かを、じっと見ている。
「あれは…クライルか?」
「クライル?」
「ラシエルの王様、それで、熊が片思いしてるらしい男」
「フェンダーさん、ホモだったんですか?」
「まぁ、そうらしいが…」
ジュリアは、決めたようだ。
「ぐだぐだ熊が考えてるから目が覚めないんだとしたら、ちょっと殴ってくるわ」
「殴ってくるって…心の中に入るんですか?」
「寝てるやつ殴ってもしょうがないだろ」
「僕も行きます。殴るんじゃなくて…雪原と地面の境目が気になります」
「境目?」
「あそこから中に入れない…ええと、何か取り付いてるとしたら、あそこかなと」
ジュリアは、一瞬びっくりし、そして、テルの頭をわしゃわしゃと引っ掻き回した。
「よく気がついた。よし、それじゃ、行くか」
テルは髪の毛を一応整えると、うなずいた。
「頼む、心の鏡」
ジュリアは、鏡に向かって一言頼んだ。
心の鏡はまばゆく発光し、
次の瞬間、ジュリアとテルの意識は、雪原の近くにあった。
10代前半くらいの、戦士がいる。
手にはマフラーを持って、マフラーと、雪原の中を何度も見比べている。
雪原の中には、心の鏡で見た、青い衣に金髪の人物がいる。
金髪の人物は、こちらに気がついていない。
空を、じっと見ている。
(きれいだ)
ジュリアとテルの耳に、声が聞こえた。
「今のは?」
「熊の心の声だな。中にいるから聞こえるのかもしれない」
(この雪原を壊したら…足跡をつけちゃいけないよな)
(でも、とても寒そうだ)
(一人ぼっちにさせたくない。できれば、守りたい)
(でも、こちらに気がついていない)
(気がつかれたら…どうしたらいいだろう)
雪原と、地面の境目で、
若い戦士が悩んでいる。
そして、境目がゆがんだ。
ジュリアが短剣を構えた。
「熊はぐちぐち悩む性質じゃないよ。悩ませてるのは…」
「あのゆがみですね」
「行くぞ!熊をたたき起こす!」
ジュリアは短剣を手に、テルは雷魔法の詠唱をしながら、
境目にたちあらわれた、ゆがみに向かっていった。
ゆがみは幽霊のような雑現象となった。
ジュリアの短剣が、雑現象を切る。
心の風景が、少しゆがんだ。
「こいつがミラーノイズってやつか?」
ジュリアがもう一撃入れようとしたところ、
「よけてください!ライトニング!」
ジュリアはとっさに向かってくる光をよけ、
雷は雑現象…ミラーノイズにヒットした。
ジュリア、テルと、ミラーノイズの戦闘をよそに、
若い戦士は、まだ、悩んでいた。
雪原と地面の境目は、
ゆがみが少なくなってきていた。
雪原に踏み出す一歩。
若い戦士は、まだ、その一歩が踏み出せなかった。