あの日の雪原


幽霊のような雑現象…ミラーノイズは、
ジュリアとテルを相手にして、
フェンダーのことが、おろそかになっていた。
若い戦士はいまだ悩んでいる。

「エアカッター!」
ジュリアが弱めの風魔法を繰り出す。
ミラーノイズはかわす。
ジュリアはにやっと笑った。
「ライトニング!」
テルの雷魔法が、よけて無防備になったミラーノイズに直撃する。
ミラーノイズの、思考をつかさどる核らしきものが露呈する。
(なぜ、なぜ攻撃があたるのだ…)
(もう少しで、この男は二度と目覚めなかったものを…)
(力を持ったこの男に取り付き、永遠に搾取を…)
「黙れよ」
ジュリアは一言そういうと、ミラーノイズの核を短剣で砕いた。
ミラーノイズはいなくなり、
ジュリアとテルはため息をついた。
あとは、フェンダー次第だ。

フェンダーの心の中、
ゆがみがなくなった。

若い戦士は、何度もマフラーと雪原の境目を交互に見比べた果て、
キッと雪原の中を見据えると、
雪原へ一歩踏み出していった。
サク…サク…
新雪を踏む音がかすかに聞こえる。
若い戦士は歩みを止めない。
一歩一歩確実に、
浅い新雪の中を歩く。
そのたびに足跡がつく。
ただの雪という結界に、入り込む足跡が。
若い戦士は、雪原の中心にいる、金髪に青い衣の…小柄な人に、マフラーをかけた。
青い衣の人は、びっくりをし、何か言いたそうにしていたが、
若い戦士は無言で、振り返ることなく、帰りの分の足跡をつけて、
雪原を出て行った。

雪原を出たそのとき、
若い戦士は、現在のフェンダーに変わった。
複雑な表情をしている。
フェンダーは足跡のついた雪原を振り返った。
(これでよかったのか…?)
フェンダーは自分に問いかける。
「あまりにも寒そうだったから…あまりにも一人ぼっちで抱えようとしていたから…俺はこうした」
フェンダーは、ジュリアとテルに顔を向ける。
「あんたの過去だろ。これは」
ジュリアが答える。
「変えようのない過去で、あんたは悩んだ挙句、これを選んだ」
「それでも…今、目覚めたら、現実のクライルに迷惑が…」
フェンダーが言いかけたそのとき、
ジュリアの鉄拳がフェンダーの頬に飛んだ。
フェンダーは、びっくりした顔をしている。
頑丈なのは、現実と変わらないらしい。
ジュリアがまくし立てる。
「いいか?過去は変えられないし、あんたはあんたの意思でそうした。いまさら逃げるのかい!」
「俺はただ、クライルに…」
往生際の悪いフェンダーに、
テルが話し出す。
「過去は変えられませんし、現実と戦わないなんてナンセンスです!」
「あんたは、迷惑かけたいんじゃないだろ!あいつをどうしたいんだ!言ってみろ!」
フェンダーはうつむいた。
「俺は…クライルをちょっとでも楽にしたくて…」
「それで!」
「できればクライルを…幸せにしたくて…」
「なら、目覚めろ!」
ジュリアが断言した。
「あの青い衣の人がクライルさんならば、彼は何かを伝えたかったはずです。それを聞くためにも」
テルも言葉をまとめる。
フェンダーは、もう一度だけ、雪原を見た。
足跡がついている。
足跡は消えない。
あの日の雪原の足跡は消えない。
クライルは…幼いクライルは戸惑っただろうか。
クライルに…いろいろ伝えたいことがある。
突然で悪かったとか…雪原に足跡をつけて悪かったとか…
雪原の中に一人でいたクライルに、惹かれた、そのことも。

「起きるか。…いろいろ、悪かった」
フェンダーが言うと、意識が覚醒へと向かった。

「フェンダー…聞いているか?」
あの日、アインスの地で聞いた言葉だ。
崩壊する塔の中、クライルが、フェンダーの腕の中で言った言葉だ。
「私はまだ、お前に、伝えていない言葉がある…」
雪の野原。
それを荒らしていったのはフェンダーだ…
クライルは何か伝えたかった。
「だから…死ぬな…」
クライルはそう言っていた。

「死なねぇよ。俺はクライルを幸せにしたいんだ」

クライルを幸せにしたいと、彼に告げたら…
困られるかもしれない、怒られるかもしれない。
それでも、フェンダーにとってはそれが事実で、
何よりも彼の笑顔が見たかった。
クライルは元気だろうか。
そう思いながら、意識はゆっくり覚醒へと向かっていった。

フェンダーの中に、何かが流れ込んだ気がした。
フェンダーは満たされていくのがわかった。
流れ込んできたものが何なのか、後でゆっくり考えようと思った。


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