隠者
クライルとラミリアは、
ゼロの背に乗り、シリンを目指す。
「まずは、シリンの酒場で情報収集がいいと思うんだ」
との、ラミリアの言葉に、
手綱を持ったクライルは、うなずいた。
ゼロはシリンを目指し、
シリン近くに着地した。
クライルとラミリアは、活気のある港町シリンに入っていった。
相変わらず、にぎやかだ。
屈強な船乗りもいれば、商談する商人もいる。
旅に来る女性もいたり、荷物持ちの使いもいるらしい。
そのさまざまの人々の中をかいくぐりながら、
クライルとラミリアは、酒場を目指した。
キィと、音を立て、酒場のドアが開く。
騒がしい酒場は、貴賎を問わず、盛り上がっているようだった。
賭け事をしているらしい集団や、
一人で静かに飲むもの、
さまざまだ。
ラミリアは、とりあえず酒場を見回し、そして、見知った顔を見つけた。
「チェスコ!」
ラミリアは、妹と結婚するはずだった、ラクリマの法王の長男、チェスコを見つけた。
チェスコは何者かと一緒に酒を飲んでいる。
チェスコのほうでも気がついたようだ。
微笑み、手招きをした。
ラミリアが近づいていく、と、
不意に、不思議な雰囲気を持った二人組みとすれ違った。
聖職についてあるだろうという格好の、美しい娘。
そして…
「ミっくん?」
ラミリアが声をかけたが、
ミシェルの姿をしたその男は、振り向かずに行ってしまった。
「行きましょ、マーク」
娘は男に声をかけ、酒場を出て行った。
「あれは…イリスという娘と、ミシェル…」
クライルがつぶやく。
ラミリアは思い出す。
ミシェルの額に傷のようなものがあったことを。
そして、何かがミシェルの中で変わったことを感じていた。
ラミリアが席につく。クライルも席につく。
「久しぶりだね」
チェスコが酒を勧める。
ラミリアは注がれたそばから飲み、
クライルは、やんわり断った。
ラミリアが憮然とする。
クライルは、申し訳なさそうに、
「酒は昔から飲めない。すまない」
と、謝った。
「それで、チェスコがどうしてここにいるの?」
ラミリアはたずねる。
「この人に、連れられてきたんだ」
と、チェスコは一緒に飲んでいた、男を紹介する。
「ブラックという。仮名で申し訳ない」
ブラックは名前とは裏腹に、長い金髪の、緑の目や体格から鋭い感じのする男だ。
年のころもわかりにくい。
20から50の間といえば、どれでも通じそうだ。
若くもあり、達観しているようでもあった。
しかし、何が彼をブラックと名乗らせているかは、わからなかった。
チェスコの説明から、
ラクリマを復興させようとしているチェスコの元に、
ある日、ブラックが現れ、
「ここは危険だ、今すぐ離れろ」と、ブラックは言い、
テレポストーンの一種でシリンに飛んだ。
それから、ラクリマは呪われた、
ラクリマに行くと、食われる、などの噂が立ったとのことだ。
チェスコはラクリマが心配だが、どうしようもなく、シリンの宿で暮らしているとのことだった。
「チェスコも大変だったんだね」
酔ったラミリアは、チェスコの頭をなでた。
クライルが、情報を引き出そうと試みる。
「シリンの近くに隠者がいると聞きます。居場所はわかるでしょうか?」
クライルはチェスコに話を振ったつもりだったが、
ブラックの眉がピクリと動いた。
「誰から聞いた」
ブラックから声をかけられ、クライルは答える。
「竜人の村にて、あとは、ルートの剣の師匠という方もいるかと」
「そうか…ルートの知り合いか」
ブラックは酒を飲み干した。
「多分その隠者ってのは、俺だ。しかし、この俺にいまさら何を望む?」
クライルは引かない。
「ソウルロッドの力を引き出し、ラクリマの黒い渦から守れるようにしていただきたい」
「ソウルロッド…ラシエルのか?」
「はい、ラシエルのものです」
「あの杖の解き方は、王族に伝えてあるだけと…」
「私が、王です」
「ちっ…」
「魔物を杖に変えたという隠者、その力を借りたいと…」
「わかった。見せてみろ」
クライルはブラックに杖を渡した。
チェスコは成り行きを見ている。
ラミリアは、大丈夫というようにウインクした。
ブラックが、杖を手に取り、目を閉じる。
「お前の好きな、黒が食える。しばらく、目覚めろ」
ブラックがそうつぶやくと、杖が、少しだけ震えた気がした。
クライルは何か、戦慄した。
酒場の喧騒が、一瞬だけ止んだ気がした。
その一瞬のあとは、
普通の騒がしい酒場に戻っていた。
ブラックが、ソウルロッドを手渡す。
「持っていけ。こいつが黒い渦を食う。お前たちが渦の元をたたけば、チェスコはラクリマに戻れる」
「はい、ありがとうございます」
クライルは礼を言い、手渡されたソウルロッドをまじまじと見た。
杖が、かすかに熱を帯びた気がした。
「それでは、これで…」
クライルとラミリアが、その場を辞しようとする。
「待て」
ブラックが呼び止める。
「ルートと、知り合いだったな」
「はい」
「ディーンという剣士は知っているか?」
「はい」
「なら、二人にあったら、俺のところへ来るように伝えてくれ」
「わかりました」
クライルは答え、
ラミリアとともに酒場を後にした。
クライルは、テレポストーンを使って、ラクリマにテレポートしようとした。
しかし、ラクリマの状況がわからず、
黒い渦の渦中に出ては危険と判断し、
ゼロの背に乗ることにした。
ゼロはクライルとラミリアを乗せ、
海を飛び、海底トンネルの上を飛び、
一路ラクリマを目指した。