禁呪


ゼロで空を飛び、
遠くに黒い渦が見えてきた。
ラクリマの、噂のやつらしい。
「ゼロはあまり近づくな、少しラクリマより遠くに着地してくれ」
ゼロはうなずいた。
クライルが手綱を引き、
ゼロは空を駆け、
やがて、黒い渦が視覚化できるあたり、
それでも、まだ巻き込まれていない位置に、ゼロが着地した。
「ゼロはここで待っててね」
ラミリアはゼロをなで、
クライルとともに、ラクリマに向かっていった。

黒の渦、ちりちりとした、よくない気配がだんだん強くなってくる。
黒い渦に下手に触れると、生命力や魔力が削られる気がする。
なるほど、食われるという噂はここからか、などとクライルは納得し、
慎重に黒い渦をよけつつ歩いた。
クライルは、ソウルロッドを構えた。
(黒、食っていいのか?)
多分、ソウルロッドが意識で語りかけてきた、
クライルは、そう、理解した。
(なぁ、俺はこういう黒が大好物なんだ。食っていいのか?)
クライルは答えた。
「食え、気の済むまで」
ソウルロッドが、喜びに震えたような気がした。
クライルがソウルロッドを一振りすると、
振った先から黒の渦が消えた。
「そうして進めってことかな?」
ラミリアは後ろからついてくる。
黒の渦は、渦の中心…ラクリマの町から、あとからあとからわいてくる。
「黒の渦の中心に向かうぞ」
クライルはソウルロッドを振りながら、ラクリマの町の中心へと向かっていった。

ラクリマの大聖堂…
振っても振ってもなかなか黒い渦が晴れないほど、
黒い渦の渦巻く中心。
クライルがロッドをかざし、
ラミリアが大聖堂の扉を開いた。
重々しい音がする。
大聖堂の中は、黒い渦が、これでもかというほど、
渦巻いていた。
そして、足元にはおびただしい数の、何かの死体。
人ではないらしい。
モンスターかもしれない。
または、食われたと噂される人かもしれない。
命を奪って力にしている。
クライルは直感的にそう思った。
ソウルロッドをかざしつつ、クライルは黒い渦の中心を見た。
そこには、男が一人。
術者の白い長いローブを羽織っている。
表情などは、ローブに隠れてよくわからない。
「邪魔をするな…」
術者がつぶやいた気がした。
「私こそが光神の力を継ぐもの…あのような空の器には渡さぬ!」
黒の渦が濃度を増した。
クライルは、ソウルロッドをかざす。
クライルとラミリアの周りだけ、黒の渦が避けていく。
ソウルロッドが食っているのだ。
「その杖…イェソドの封じた魔物…」
術者がつぶやく。
(へっ!黒の少ない世界だから封じられてやったんだよ!)
ソウルロッドが意識で答える。
イェソドの封じた…
クライルは一瞬引っかかったが、
とりあえずこの術者を倒さないことには、黒の渦は晴れない、それだけはわかった。

クライルは振り向き、
ラミリアと視線を合わせた。
ラミリアは、うなずいた。
クライルがソウルロッドを構えたまま、
ラミリアはその後ろで、
同時に魔法の詠唱を始める。
クライルは氷の魔法を、ラミリアは炎の魔法を。
詠唱が終わると同時に、
クライルは、ソウルロッドを術者に向かって投げた。
「守る手段を…」
術者があざ笑ったように言おうとしたそのとき、
術者を守るように渦巻いていた黒い渦が、ソウルロッドに食われた。
驚愕する暇もなく、
氷と炎が同時に襲い掛かる。
「フリーズ!」
「メガファイア!」
激しい温度差が術者に襲い掛かり、
何事が起きたかもわからないまま、術者は砕け散った。

一気に、黒い渦が意味を持たなくなり、
周囲は明るくなってきた。

ソウルロッドは、残りの黒い渦も食べている。
クライルは、ソウルロッドを拾い上げた。
(まさか、投げるとは思わなかった)
「あの黒い渦の濃度では、魔法も力にされると思いました」
(それで、俺を投げて、黒い渦を食わせたってことか)
「そういうことです」
ソウルロッドは残りの黒い渦も食べている。
黒い渦とともに、散乱していた死体なども食べたようだ。
ラクリマは、誰もいない、普通の町へと戻っていった。

ラクリマの近く、
ラクリマの見える丘から、
男女がラクリマを見ていた。
一人はイリス、一人はミシェルの姿をしたマークだ。
「あの程度じゃだめみたいね」
「術者を異世界から召喚してみたが…」
「愛や美とは程遠かったわ」
「そうだな…」
「私が美しくなり、世界を美しく…愛神ティフェレトの名の下に」

二人は元に戻ったラクリマを見届けると、
どこかへ去っていった。


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