記憶
マークの映し出した、機械の町、ファナは、
異様な熱気に包まれていた。
聖なるものの証をつけたものが、
緑の目をしたもの、
異形の者を探しては、殺している。
苦悶の表情が、見える。
それは人間と大差ない。
映像を見ている、ルートは思う。
(これは、あったことだ)と。
15年前はあちこちでこんなことがあった…と。
苦しみ殺される、住民だった魔族。
隣人だったものを、ためらうことなく殺す、
ファナのもの。
虐殺を焚きつけるラクリマからのもの。
「醜かろう」
マークが静かに言う。
「…」
ルートは答えられない。
このあとに…なにかが…
マークはわかっているようだ。
「最後まで見ないと、わからないようだな」
マークはしばらく待った。
やがて、ラクリマのものが、一人の女を連れてくる。
茶色の長い髪。
ルートと同じ色の瞳。
ほっそりと美しい。
「マリア母さん!」
ルートは思わず叫んだ。
映像の中の母に駆け寄ろうとする。
しかし、まったく前に進まず、
あの時と同じように、見ているだけとなった。
(あの時?)
ルートは即座に思い返した。
(あの時、そう、この時…見ているだけで…)
ファナのものや、ラクリマのものから、罵声と石が投げられる。
女は広場に連れて行かれ、
広場の柱にくくりつけられた。
柱の下には、よく燃えそうな薪やら何やらが、積み上げられている。
ラクリマのものが、女の罪状を読み上げた。
曰く、この女は魔女であること。
薬草などを調合し、人々を惑わせ、
魔女であるがゆえ、町から離れたところに住んでいた。
そして、魔女であるがゆえ、魔の子供が生まれたこと。
女はそれを神の子と言い張っていること、
それは神への冒涜であり、
簡易裁判の結果、女を火刑に処す。
ラクリマのものが、
大きなたいまつを取り出す。
たいまつは赤々と燃え、あたりをぎらぎらと赤く染める。
「母さん!母さん!」
ルートは母の元へ駆け寄ろうと必死になる。
身動きが取れない。
炎が柱の根元に点火される。
「母さーん!」
母が…マリアが、炎の中、微笑んだ。
あの時とまったく同じように。静かに。
そう、この映像はあの時なのだ。
「うわあぁぁぁあ!」
瞬間、ルートの中で何かが起こったような気がした。
叫んだだけかもしれない。
心理的なものかもしれない。
気がつけば、そこはコアの空間だった。
マークがたたずんでいる。
「お前はファナで母を殺された。だからファナから離れて暮らしていた」
「母さん…」
ルートは茫然とする。
「母親が魔女として殺されても、そんな人間のいる世界を、正そうと思うか?」
「…」
「お前には、魔族の仲間もいるだろう」
「…」
「あいつらが、醜い人間の行いで、どれだけのことを感じたか、お前ならわかるはずだ」
「…」
「このようなことが、また、いつ起こるかわからない」
「…また」
(また、母さんのように…)
「そう、また、このような醜いことが繰り返されるかもわからない」
ルートは、考えた。
そして、炎の中で微笑む母を思い描いた。
ルートは、目を上げたような感覚を持った。
「…それでも、人がどんなに間違いや争いを起こしても…」
ルートは続ける。
「人が人であるがゆえ、間違いは起きます」
「それでも、世界を正そうと、聖地へ赴くというのか」
「人のためでなく、自分の出来ることをやりたいだけです」
ルートは答えた。
「お前には、何が出来る」
マークが静かに問いかける。
「足掻くことです」
マークが、笑ったような感覚がした。
「お前は何もわかっていない。お前のせいで、私は生まれなかったんだ」
「生まれなかった…?」
「新たに生みなおされた、それが私だ」
「…何者なんだ」
マークはそれには答えなかった。
「…聖地セフィロトは、名も無き火山島にある。そこまで来い。憎い憎いルート」
「火山島に…」
「こちらもセフィロトを守るものを召喚して待つ。お前たちが、どれだけ無力かを思い知れ」
瞬間、視界が白くなった気がした。
そして、ルートは、重力のある空間に放り出された。
床がある。
目が慣れてくれば、コアがある。
『おかえりなさい』
ラピュータの音声が声をかけてくる。
『最後の鍵を手に入れたようですね』
ルートは右手を開いた。
そこには、不思議な色合いをした鍵が、手の中に納まっていた。
『分析します』
ラピュータの分析を、ルートはぼんやり聞いていた。
(そこまで来い。憎い憎いルート)
マークの声が聞こえた気がした。
『確かに、聖地への鍵です』
あるいは、マークが招いたのだろうか。
ルートは、そんな気がした。
『作業用ロボットが外で待っています。ついていってください』
部屋を出て行こうとするルートの後ろで、
コアが輝き、サブ・コアは輝きを落としていった。
ルートは、扉を出た。