ブラック師匠


ルートとディーンは、シリンにやってきた。
時間帯は、昼近く。
港町はいつものように、にぎやかだ。
ルートは、修行時代、いつも買いに行かされていた、
酒場を目指す。
ブラック師匠は、そこの酒が好きなのだ。…多分。

ルートとディーンは酒場に入る。
ルートがあたりを見回す。
酒場の端っこの暗くなっているあたり、
昔と変わらぬ、師匠の姿を認めた。
「ブラック師匠」
ルートが声をかけると、ブラックも気がついたようだ。
ゆっくり、手にしていた酒を飲み、片手をあげた。
ルートとディーンは、ブラックのいる席に近づいていった。
「元気そうだな」
ブラックは、鋭い外見に似つかわしくなく、穏やかに話す。
「師匠も、元気そうで何よりです」
ディーンが答えれば、
「まぁな」
と、ブラックは残りの酒を飲み、続ける。
「お前たちがここに来たってことは…聖地への鍵がそろったか」
「…はい」
ルートが答える。
ブラックは、ゆっくり席を立った。
「ついてこい。いくつか伝えることがある」
ブラックは勘定して酒場を出て行き、
ルートとディーンはついていった。
おそらくは、シリンのはずれの、ブラックの庵に向かうのだと思っていた。

想像にたがわず、
ブラックは庵を目指していた。
しかし、庵へ向かう途中、ある草原で、ブラックは立ち止まる。
振り向かずに、告げる。
「最後から二番目の試験だ。現れるモンスターを倒せ」
ルートは、異様な気配を感じた。
気がつけばブラックもディーンもいなくなっており、
隣には、人型の土くれのようなモンスターがいた。
ルートは剣を抜いた。
土くれも剣を抜いた。
ただただ広い草原、
無言で土くれとルートは対峙した。
ルートが動く。
土くれが俊敏な動きでかわし、攻撃に転じる。
土くれは急所にあたる場所を狙ってくる。
首だ。
ルートはそれをかわす。
ルートは、かわしつつ、土くれの動きを目で追う。
見逃したら負けだ。
相手は確実にとらえられる箇所を探している。
ダメージを与える箇所ではない。
殺せる場所を狙ってくる。
ルートは、土くれの攻撃をよけつつ、
土くれの弱点を探した。
(首、宝石!)
瞬時にそれを見た。
首に宝石がはまっている、それを砕けば。
ルートは、土くれの首を狙い、剣をつく。
土くれは、ルートの首を狙い、剣をつく。

ざぁ…

草原の音が、ようやく耳に入った。
ルートの首で、何かが音を立てた。
それは、小さな石が砕けた音だった。
「そこまで、だな」
ブラックが声をかけた。
気がつけば、ルートはディーンの首に剣先を当てており、
ディーンの剣先は、ルートの首の小石をついていた。
小石は小さな音を立てて砕けた。
「よく成長したな。お前たち」
ルートとディーンは荒い息をつき、
そして、その場に座り込んだ。
「一種の結界もどきを作らせてもらった。お前らの実力を見るためにな」
「あの土くれは…」
ディーンが言う。
ディーンも同じようなものを見ていたらしい。
「お前たちのお互いの姿を切り替えさせてもらった」
「そうですか…」
と、ルートは大きく息を吐いた。

ルートとディーンの息が落ち着くと、
彼らはブラックの庵に向かった。
ブラックの庵はシリンからはずれ、
時間にして、日の沈みかける頃にたどり着いた。
「あれが最後から二番目の試験なら…最後の試験は?」
ディーンが尋ねる。
「二人、別々だ」
ブラックは答える。
「まず、ディーン。お前は、俺を越えているかを試してもらう。魔法も使え。全力で来い」
「…はい」
ディーンはうなずいた。
「そして、ルート。お前はテレポストーンを持っているはずだ」
「はい」
「ルナーへいけるなら、『右の扉』に向かい、最強の剣を手に入れろ。聖地へ赴くなら、それくらいが必要だ」
「『右の扉』…?」
ルートが聞き返す。
「ルナーでは知らないものはいない。誰かに聞けばわかる」
と、ディーンが助け舟を出す。
ルートは、わかったとばかりうなずいた。

ルートがテレポートする前に、ディーンがブラックに問いかける。
「ブラック師匠」
ディーンが声をかける。
ブラックが振り向く。
「あの時声をかけたのは、本当にブラック師匠なのですか?」
「どのときだ?」
ブラックはとぼける。
「風の終わる場所です」
ブラックは遠くを見る目をする。
「…俺だと思うのか?」
「はい」
「…俺を死神イェソドと思うか?」
「今は、俺が継いでいます」
「そうだな…」
ルートは、戸惑っている。
「行け、ルート。そして、生きて帰って来い」
ブラックに促され、ルートはテレポートした。

「お前が、死を与えられるほどの力か、見極めてやる」
ブラックは剣を構えた。
ディーンは剣を構えた。
無言で師弟は戦い始めた。


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