マーク
ルートは、今までとは違った空間に出た。
明るいのか暗いのか。
上なのか下なのか。
そう、あのときの、ラピュータのコアに似た感覚だ。
(いる)
ルートはそう思った。
「待っていた。憎い憎いルート」
声がして、奥からマークが姿を現した。
ミシェルの姿をした、額に傷の印のあるもの…
似て非なるもの。
マークとルートが対峙する。
「それでもお前は世界の異常を正したいとするのか?」
「ああ、人がどんなものであろうとも。世界を」
「何がお前をそうさせる」
ルートは一拍間を置き。
「結局は、自分の意思だ」
と、答えた。
「仲間を犠牲にしても、か?」
マークがあの時同様、指を鳴らす。
一瞬にして、皆の戦いの状況が映し出される。
苦戦をしているようだ。
ルートは、ゆっくり頭を振った。
「この程度は苦戦じゃないですよ。彼らなら越えられます」
「どうしてそう言える」
「仲間だからこそ、です」
マークは指を鳴らした。
空間は、先ほどのような曖昧な空間に戻った。
「この奥に聖地がある」
「奥…」
「愛神ティフェレトの力を継いだものがいる」
「ティフェレト…」
「彼女は世界を美しく変えようとした。そのためにマルクトの力を欲している」
「なぜ、マルクトの?」
「世界を書き換える力を持っているからだ」
「世界を書き換える?」
曖昧な空間の中、マークが笑ったような気がした。
「マリアが炎にいるそのとき…書き換えが起こったことを、お前は覚えていない」
「母さんが…?書き換え?」
ルートはよくわからない。
マークは、すっと近づいてくる。
「お前が書き換えたんだ。ファナを。私を」
マークが静かに言った。
「運命という言葉があるとするならば、それも超える力かもしれない」
「運命を超える力が…僕に?」
「お前だけではない」
マークは自分を指差した。
「聖地までの道筋をゆがませ、異世界から召喚をするすべを持ち、書き換える能力を秘めたもの…」
「それが…マーク…」
「そう、それが私」
マークはため息をつく。
「異世界からのものは、長くは持つまい。戦闘能力はともかくとして、命が持たない」
「なら、どうして」
「お前を一人にしたかった。それだけだ」
「一人にして…何をたくらむ」
ルートの勘が、何かを告げている。
「ティフェレトの願いをかなえるため、お前の力を吸収する」
マークとルートが、鏡のように対峙する。
「世界を書き換える能力を完全にする」
「完全にして…美しい世界を?」
「そう、ティフェレトの望むように」
「教えてくれ、どうして僕を憎む」
鏡の向こうのような、マークは、静かに言った。
「ファナの村を書き換えた際、お前は私を記憶ごと切り離した」
「ああ…」
ルートの勘が、何かをわかった気がした。
ルートが片手をあげる。
マークが鏡のように片手を胸まで持ってくる。
「マークは僕の自己否定だったんだ…」
「お前が切り離したから、私は生まれなかった」
「うん…悪かった」
「ティフェレトが生み出してくれた」
ルートは思う、そのティフェレトも、また、あの魔狩りの際に、
自分が書き換えてしまったものではないかと。
「ティフェレトは、マークの母さんなんだね」
マークがようやく微笑んだ。
「自分を一番愛せるのも自分」
「自分を一番憎めるのも自分」
どちらともなく、つぶやいた。
「マーク、昔のように一つになろう」
「どちらかが吸収されるのか?」
「いや、一つに。その上で望むことをしよう」
「その上で…」
「ティフェレトのことを望むならそれを、それ以外ならそれを…」
胸まであげた手から、
マークとルートが静かに融合する。
「教えてくれ、どうしてテル親子だけ技術者だったんだい?」
「覚えてないのか?あの親子は、魔狩りのときは旅に出ていたんだ」
「そうか、それで知らなかったのか」
「大丈夫、お前はテル親子を書き換えていない」
「そうだな」
「これから世界を書き換える」
「ティフェレトの望むように?」
「いや…私たちの望むように」
「二人が望むような世界は、一体どんな世界だろう」
「わからない。融合し終えたら、わかるかもしれない」
ルートは、静かに何かが満たされていく感覚に身をゆだねた。
目を閉じた。
そして、目を開いた。
そこには、ミシェルが倒れていた。
ただの、白い石で作られた空間だ。
額に傷の印は、無い。
ルートの勘が、マークの勘が、
指し示している。
ティフェレト、彼女のこと、
マークの母のこと、
決着をつけなくてはいけないことを。
「ルート、剣士が消えて…」
テルが扉から入ってきて、ルートの前に、ミシェルが倒れているのに気がついた。
「この人を担いでいってもらえないか」
「え、あ…」
「何が起こるかわからない。来た道を戻って、皆と合流し、ゼロの背に乗ってくれ」
「ルート、君は…」
ルートは微笑んだ。
テルはそれで納得をし、ミシェルを担いで戻っていった。
ルートはそれを認め、
そして、聖地へと扉を開いた。