聖地の彼女
ルートは聖地への扉を開いた。
身の丈より一回り大きな、
両開きの扉は、
鍵はかかっておらず、
軽いわけではないが、それなりの重さを持って、
力を入れれば、ゆっくりと開いた。
嗅覚を何かがくすぐった。
続けて扉を開けば、
それが白い花であることに気がつく。
視線を手前から奥に。
床一面の、白い花。
ルートは名前を知らない。
ただ、白い花から、香ってくる。
そして、白い花の地にたたずむ、
白い人影。
「ルート」
人影はルートを呼んだ。
「待っていたわ、ルート」
ルートは白い花を踏み分け、彼女に近づいた。
「…イリス」
彼女はイリスだ。
しかし、村を出て、ラシエルで別行動を取ったようなころの面影は、
無い訳ではないが、変わってしまった。
イリスは愛おしそうにルートを見る。
「ルート、私は愛神ティフェレトの器なの」
「君が…」
「世界を美しくするべく、ティフェレトとあたしとで、いろいろしたのよ」
官能的にも見える唇が、無邪気に話す。
「ティフェレトは妖精を作ってくれたのよ。あったことがあるかしら?」
「ああ…」
アインスの地の妖精のことだろう。
「間違えた神様ということも、ティフェレトが教えてくれた」
「間違えた、神?」
「正しい神は、愛神と時神だけ。本当は他に何もいらないの」
「では、そのほかの神は?」
「人間が同士討ちするように作られた偶像みたいなもの」
ルートの脳裏に、今までの仲間がよぎる。
彼らは間違えていない。
そう思った。
「彼らは間違えていない」
ルートは口に出した。
「間違えているとしたら、概念が間違えているんだ。イリス」
『私は間違えていない』
イリスから別の意識が話しかける。
「私は間違えていない」
イリスが復唱する。
『人間は穢れている』
「人間は穢れている」
確かめるように。
ルートは、無言でゴッドスレイヤーを抜いた。
「私を殺すの?」
イリスが問いかける。
「私、ラシエルを出てから、力を手に入れたのよ。ルート、あなたの隣で戦うため…」
ルートは目を閉じて聞いている。
「ルート、あなたを振り向かせるため…」
ルートは、剣をおろしている。
「すべてはルート、あなたを愛するためなのよ」
イリスが半ば懇願するように、ルートに語りかける。
ルートは、剣を構えた。
「そんな愛ならいらない」
ルートは、剣を構えたまま、イリスとの間をつめた。
白い花が蹴散らされて舞う。
イリスが魔法の詠唱をする。
詠唱を終えると、
水晶のような鋭利な結晶が、白い花を巻き込んだまま、ルートに突き刺さってきた。
ルートは跳躍し、かわす。
白い花が舞う。
鋭利な結晶はそれでもルートに襲い掛かる。
ルートの頬が切れた。
赤い筋がつく。
続いて腕や足なども鋭利な結晶で傷つく。
致命傷ではない。
ただ、白い花が足元で、赤く染まっていた。
「イリス」
(母さん)
「僕は世界を正したいんだ」
(母さんは、僕を殺すのですか?)
マークとルートが戦いながら語りかける。
「美しい世界を…」
(ティフェレトは美しい世界のため、ゆかりの地を滅ぼした)
「振り向かせる、美しい世界を…」
(あのとき、彼は振り向かなかった)
「美しい世界を!」
(振り向かないまま、眠りについた)
イリスが意識…ティフェレトの記憶が錯綜しながら攻撃を繰り出す。
ルートがゴッドスレイヤーで結晶をなぎ払う。
結晶は音も無く崩れ、また、白い花と同化した。
見通しをよくし、
再びイリスを狙う。
ルートは咆哮し、イリスまで剣を構えて突き進む。
イリスも応戦する。
作られた結晶は、すべてルートを狙った。
「ねぇ」
「うん?」
「愛の色ってどんな色かしら?」
「知らない」
「あたしが愛の色を見つけたら、見てくれる?」
「わからない」
「もう!ルートってば!」
ルートの四肢に、深々と結晶が刺さっている。
刺さったところから、血液。
ぽたりぽたりと足元の白い花をぬらす。
ルートは、剣を手放さなかった。
そしてその剣は…
イリスの腹を深々と刺している。
「ルート…」
イリスはつぶやくと、血を吐いた。
結晶は音も無くすべて崩れ、
あとには、白い花と、血に染まった赤い花が残った。
ルートは剣を抜く。
イリスは花の中にゆっくり倒れた。
赤い花が広がった。
(母さん、母さんはこの腹を痛めて、子を産むんですね)
マークがつぶやいた気がした。