大学の昼下がり
「…であるから、夢とは、古代においては公的な、現代になるにつれ、私的なものになって…」
お茶の殻博士が、黒板にいろんな物を書いていく。
意味を成さないものが多い。
言葉と黒板を見て、初めて意味がわかる。
それをノートにまとめないと、やっぱり後から見直せない。
キーンコーン
「おや、チャイムだね。今週はここまで、各自テキストなどを読み返すように」
お茶の殻博士は、くしゃっとした顔に笑みを浮かべた。
緑はノートをまとめ、片付けるはじめた。
隣に座っていたケイは、やはりノートをまとめると、
「ちょっとつきあってくれる?」
と、緑に声をかけてきた。
緑は断る理由もないので、うなずいた。
「お茶…あ、茶殻先生」
お茶の殻博士と呼ぼうとして、ケイはあわてて言い直す。
お茶の殻博士は、講義室を出て行こうとして、立ち止まった。
ケイは緑に視線を送ると、お茶の殻博士のところにかけていった。
一緒に来いということらしい。
首根っこつかまれないだけいいかと思いながら、緑はケイについていった。
ケイは一足先にお茶の殻博士の元に来て、話しかけていた。
「茶殻先生、先生の見解を聞きたいのですが…」
「私はしがない講師だよ。それでもいいなら、お話は聞こうじゃないか」
「その、夢解きはできますか?」
「専門じゃないからねぇ…」
「たとえば、続き夢を見るっていうのは、どういうことだとお思いですか?」
「続きの夢か…」
お茶の殻博士は、あごに手を当てて考える。
「夢現という言葉がある。現が続きなら夢も続こうよ」
「そういう…ものでしょうか」
「風間君、君の見解は」
お茶の殻博士は、緑に話を振った。
ぼんやりしていた緑は、びっくりし、あたふたと考える。
「ええと、心が別の世界に行っているような感じがします」
「どうしてまた、そう考えるかな?」
「ええと…心は一つで、世界はひとつでない。夢を見ることによって様々の世界を飛ぶ」
「ふむ」
「あるいは現と呼ばれる世界に心が帰ってくるように、夢の特定の世界に行って続いている」
「心は一つだから、特定の夢と現を行き来するんだね」
「僕は、夢が続くというのは、そんな感じだと思いました」
緑はぼんやりと締めくくった。
お茶の殻博士はにっこり笑うと、ケイに視線を戻した。
「よければ風間君と、夢の内容についても話していいんじゃないかな。これも何かの縁だろう」
お茶の殻博士はゆったりと講義室をあとにした。
ケイはしばらくぼんやりしていたが、
振り返り、緑のほうをにらんだ。
「あたしは、先生の見解を聞きたかったのに」
「僕の所為じゃないですよ」
「まぁいいわ、そろそろ昼過ぎるし。お弁当?」
「学食です」
「食堂で話すわ」
「何をです?」
「続き夢のこと。誰かに話したいけど、馬鹿にされそうで嫌なのよ」
ケイは歩き出した。
緑はあわてて続いた。
「とりあえず、うどん食べようかな」
「僕はハヤシライス」
「定食は売り切れてるわね」
「量ありますからね」
緑はケイについていく。
ケイを追い越さないように、
ケイの後ろないしは横を、とことこと歩く。
ケイは学食の前で振り返った。
「忠犬風間」
「は?」
「ご主人様についてくる、わんこ」
ケイはどことなく、挑戦的に微笑んでいる。
緑はしばらく考え、
「わん」
と、とぼけて鳴いてみた。
ケイは笑い出した。
笑いすぎて涙も見える。
黒い目が笑みの形になるのを、緑はよしとした。
犬でも何でもいいやと。
「あー、笑った」
ケイは涙を拭いた。
「さぁて、いざ食堂に出陣」
「僕は、話聞くんでしたよね」
ケイは少し考えると、
「明日にしよう」
と、言い出した。
「明日?」
「そう、明日の昼の食堂」
「なんでまた」
ケイは、にぃっと笑った。
「約束を取り付けたいのよ」
緑の脳裏に、乾いた部屋がよぎる。
約束をした彼女。
「今日は何を話します?」
「最近出た本、何か読んでる?」
「最近はネットで済ませちゃってて…」
「本も面白いわよ」
二人はピークを過ぎた食堂で、ネットと本の面白さについて論議した。
その日は、約束を取り付けて、
残りの講義を受けて緑は帰ってきた。