眠る前のお話


こんこん。
タムの部屋にノックの音がした。
「はい」
タムは予言の種のことは置いといて、
まずは扉を開けに行った。
ギィと音がして、扉を開ける。
そこには、ネフロスがいた。
「さっき、こっちのグラスルーツに連絡があってな」
タムは首をかしげる。
「早く寝るために、何かお話でもしてあげて、と、アイビーから」
「お願いされたの?」
「そういうことだ」
タムは窓のほうを見る。
暗くなってきている気がした。
裏側の世界の夜が近いのだろう。
「ほらほら、ベッドに入った」
「はーい」
タムは嬉々としてベッドに入った。
ネフロスが何をしてくれるのかが、楽しみだったからだ。
靴を脱いで、ぽふんとベッドのシーツに包まる。
ネフロスはベッドサイドに腰掛けた。
「…ったく、アイビーも、俺がこういうの苦手だって知ってるだろうに…」
「早く早く、お話」
「お前、見た目よりガキだな」
「うるさいやい」
タムは悪態をついた。
それでも目はきらきら輝かせて。
ネフロスはため息を大きくついた。
そして、コートの中で足を組み、ゆっくりと話を始めた。

「どのくらい昔かは知らない。昔々、表と裏の時計は一緒だった」
「うん」
「表側の時計も、裏側の時計も一緒で、二つで一つだった」
「うん」
「表側の世界で、大きな熱の塊が生まれてしまった」
「熱の塊?」
「全てを乾かし、溶かし、無に帰し、そんな熱の塊だ」
「こわいね」
「熱の塊としか伝わっていないからな。恐ろしいものかもしれない」
「でも、わかる気がする」
「そうか…それで、熱の塊を恐れた女がいたらしい」
「女?」
「女としか伝わってない。その女は、表側の世界と、裏側の世界を分けた」
「すごいね」
「分けるために、裏側の世界の時計を壊した」
「だから時計は壊れてるんだね」
「そう、そして表と裏は分かれ、裏側の時計は壊れ、太陽は空のかなたでぼんやりしている」
「だから太陽はぼんやりしているんだね」
「そう、太陽はぼんやりとして、この世界もぼんやりしている」
「それでも、みんないるよ」
「でもな…」
ネフロスは眠そうなタムの髪をなでた。
「お前は表側の世界で、俺たちを見つけられない」
「見つけるよ、必ず」
「表側の世界にも、雨恵の町はある。女は雨恵の町だけ切り取ったんだ」
「裏側の世界には、雨恵の町の外はあるの?」
「…わからない。俺たちはぼんやりした太陽の外には出られない」
「出ようよ」
「出なくても生きていける。風と水と、光の下、銃弾かじって、水を浴びて、生きていける」
「じゃあ…表側の世界で…みつける」
「眠れ、そして、光り輝く太陽の下で生きろ。きっと、俺たちは見つけられない」
「みつけ…」
タムは、すぅと意識を手放した。

タムは沈んでいく。
離れていくタムの部屋。
ネフロスが大きな新設の歯車を回して、
扉を天井から下ろしているのが見える。
それがどんどん離れていく。

見つけるよ。
タムは心で思った。
ネフロスもみんなも、見つけるから。
そう思った。

どんどん雨恵の町から闇に落ちていく。
心地よい闇だ。
壊れた時計の仕掛けの音がする。
好き勝手な長針短針秒針。
生真面目なギミック。
タムの鼓動、時計の刻み。

そして、いつもの、誰かとつながっている感覚。
タムは身体を丸めた。
壊れた時計を連動させるのとは、違う感覚。
違うのに同じ、同じなのに違う。
ふと、タムは思った。

ああ、この人が時計を壊してしまったんだと。

壊れた時計の刻みが響く。
タムの外と内から。
それはタムの世界であり、裏側の世界の底であり、
タムは水面に向かって上がっていく。
彼が映る。

みつける、から。

タムは目を閉じた。
時間を彼に渡すために。

水面で彼とタムが入れ替わる。

やかましい目覚ましの音がした。


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