降る水の休息


壊れた天井から落ちてくる、
よどみ返しの水。
したたかに蹴られたアラビカが起きた。
「いたた…」
まだ、どうやら痛むらしい。
予言を解放したタムは、アラビカに駆け寄り、手を差し伸べる。
「痛みますか?」
「体術は苦手でね…いたたた…」
「とにかく、誰かに診てもらわないと」
「彼女も…」
「え?」

とさっ

軽く落ちる音。
タムは振り返る。
そこには、水の中に倒れるベアーグラスがいた。
「彼女を、とにかく、診せないと」
アラビカが切れ切れにしゃべる。
タムはベアーグラスに駆け寄る。
黒い目は閉じている。
銃弾を二つも使ったのだ。
下手すればもっと大変なことになるかもしれない。

フユシラズのなきがらと、残りの予言は、
ギルビーの火で焼かれた。
解放した予言も意味を知るところはなく、
とにかくタムは、ベアーグラスを出来ればアジトに運ぼうとした。
細い少女を、少年は支えながら歩き出そうとする。
軽い。
タムはそう思った。
悲しいほど軽い。
この軽い少女は、さっきまで、火恵の民と死闘を演じていた。
信じられないくらい、軽い。
「ベアーグラスさん」
タムは、意識をなくしているベアーグラスに呼びかけた。
返事はない。
「守れなくて、ごめんなさい」
タムは悔しいと感じた。
自分を、非力と感じた。
ふと、ぽんぽんと、軽く肩を叩かれた。
ほんのかすかな叩き方。
「…予言は守られたよ」
ベアーグラスのかすかな声。
「ベアーグラス、さん…」
「最後のだけは…タムが守ってくれた」
「大丈夫ですか?」
「…しんどい」
ベアーグラスは、隠さずにそう言った。
タムにもたれかかる。
タムはアジトまで運ぶ前に、
予言所の壊れた天井の、
よどみ返しの水を浴びようと思った。
「ベアーグラスさん」
「…なに?」
「よどみ返しの水を浴びましょう」
「…うん」
タムはベアーグラスを引きずり、壊れた天井の下にやってきて座った。
さぁさぁと水が降ってくる。
ベアーグラスはタムの肩にもたれかかり、静かに微笑んでいる。
アラビカがそのそばにやってきて、座り、やはり水を浴びている。
「最後の予言は、解放されたと?」
「はい」
アラビカの問いに、タムは答えた。
アラビカは泣き出した。
「私にもっと力があれば…フユシラズ様…」
涙は降ってくる水とともに、流れた。
「世界は、また、一つになるんだそうです」
タムは歌うようにつぶやいた。
アラビカが泣き顔をあげる。
「予言が言ってました。世界はまた一つになり、彼は見つけると」
「…まことですか?」
「…うん、あたしも聞いた」
アラビカが顔を天井に向けた。
さぁさぁと絶えることなく水が降ってくる。
「一つになると、どうなるんでしょう」
「アラビカさんでも、わかりませんか?」
「予言とは…」
アラビカが語りだす。少し、痛みがひいたらしい。
「予言とは、あらかじめ言っておくことと思っていただければ」
「はい」
「そして、その時にならないと、なかなかわからないものです」
「今では何を言っているのかわからないと」
「そうですね…私は見習い。予言解きはなかなか難しいです」
ぼんやりした太陽が彼らを照らしている。
水はさぁさぁと降っている。
ベアーグラスはタムの肩に頭をあずけ、目を閉じている。
アラビカは微笑んだ。
「エリクシルの方と聞き、どんな胡散臭いものかと、警戒をしていました」
「みんないい人ですよ」
「それでも…」
アラビカは、タムとベアーグラスを見ながら話す。
「あの男をしとめたのは、他ならぬエリクシルからのあなたたち…」
「正確には、ベアーグラスさんです」
ベアーグラスは、規則正しい呼吸をしている。
答える気はないのだろう。
「そして、予言を守ってくれた。ありがとうございます」
アラビカは深々と頭を下げた。

ちりりんちりりん…
どこからか音がする。

「あ、グラスルーツ送受信機の」
アラビカがそう言い、痛そうに立ち上がった。
壁に向かい、アラビカは場を離れた。
タムはそっとベアーグラスを見た。
ベアーグラスは眠っていた。


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