火恵の民


遠いのか近いのかわからないが、
アラビカがかすかに話しているのが聞こえる。
相槌?
返事?
タムは聞き取ろうとしたが、ベアーグラスを起こすと悪いので、黙ってそこに座っていた。
やがて、アラビカが戻ってきた。
「エリクシルのアイビーさんからでした」
「アイビーさんが、何と?」
「まず、予言は解放されたことを、確認してきました」
「解放しました」
「私もそう伝えました。そして、酒精術の強い反応、ベアーグラスですかと聞いてきました」
「わかるんですね」
「エリクシルのアイビーさんは、かなりのグラスルーツ使いですね」
「すごいですよ」
タムは手放しにほめた。
アラビカはうなずき、
「そして、火恵の民について、わかることから教えてやってほしいと言われました」
「火恵の民…」
タムは繰り返す。
先ほどの、ギルビー・ジンは、火恵の民といっていた。
ベアーグラスもわかっているのだろうか。
多分、アイビーたちも。
アラビカが、こほんと咳払いのようなものをした。
「火恵の民は、火の恩寵を受けた民です」
「ひめぐみのたみ、火の恵…ってとこですか」
「文字にしないと難しいですね。まぁ、そんなところです」
アラビカが座り、天井を見る。
相変わらず水はさぁさぁと降ってきていて、
ぼんやりした太陽が照らしている。
「先ほどの、講義は聴かれましたか?ラセンイ博士の…」
「ああ、女神とかグレードマザーとか」
タムは思い出す。高らかな神話を。
「表側の世界と裏側の世界を、彼女が切り離しました」
「ふむ」
「そして、裏側の世界の、雨恵の町や火恵の民です」
「ふむ」
タムはうなずいた。
「火恵の民は、裏側の世界での姿の一つです。過剰な水を嫌い、雨を敵視しているそうです」
「では、表側の世界では、あんな姿ではないと」
「裏側の世界の住人の一つと思っていただければ。そして、本来は雨恵の町に来ないことも」
「雨恵の町は水がいっぱいですからね…」
タムは天井を見上げる。
相変わらずの水だ。
水だらけのこの町は、火にはきついだろう。
「おそらく、予言を燃やしにきたのだろうとは推測がつきます」
「そんなことを言ってましたね」
「雨恵の町に有利になる予言は、火恵の民にとって不利になるかもしれない…」
タムは視線を落として考えた。
「雨と火は、共存できないとの考えのものだったのでしょう」
アラビカは、そんな感じで結んだ。
タムは、ふと、気がついた。
「あの」
「なんでしょう?」
「火恵の民にも、異端がいるということは聞いていますか?」
アラビカはうなずいた。
「火恵の民の異端は、まったく違う姿になります」
「さっきのギルビー・ジンなどとは違うと」
アラビカはうなずく。
「エリクシルならわかるかと思いますが…銃弾と呼ばれています」
タムは胸元に手を当てた。
そのジャケットの下には、銃弾が3つぶら下がっている。
「銃弾は火恵の民の異端のものが、姿を変えた命の塊らしいです」
「どうしてそんなことをするのでしょう…」
「私の推測ですが…」
アラビカは語る。
「雨と火が共存できると考えたもの、ではないでしょうか」
「雨と火が…」
「それを渡す役目に、エリクシルがあるのかもしれないと」
「それで…」
タムはそこで言葉を切り、考えた。
命の水取引商。
あの路地一帯に、火恵の民の異端が来ていたのかも知れない。
何らかの手段で、銃弾になっていた…
そんなことを思う。
「…それであってる」
かすかな声がした。
ベアーグラスだ。
「それであってる?」
「うん、肩にもたれてたら、タムの考えがわかったから」
それでもベアーグラスは、タムにもたれかかって、頭を肩にあずけている。
「…大体アラビカさんが話してくれた通りだよ」
「聞いてたんですか?」
「ふらふらするけど、一応」
「あの、もう少ししたら帰りますか?」
「うん」

火恵の民。
それから、異端の火恵の民。
タムはグレードマザーという女神を思った。
彼女はなんと思うだろうと。


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