夜の始まり


彼らは帰路についた。
ベアーグラスは相変わらず、パキラの腕の中で丸まっている。
タムは声をかけることも出来ず、
皆についていった。

少し空が暗くなってきている。
夜が近いのかもしれない。
タムは小走りについていった。
ネフロスがエリクシルのアジトのドアをノックする。
「帰ったぞ」
いつもと同じように、
キリキリキリキリと、ドアの内側でかすかに、歯車やギミックの動く音がする。
チーンと、安っぽい金属の音がして、
ドアノブが動いた。
彼らは扉をくぐり、
エリクシルのアジトに入る。
扉はギィと閉まり、
ガチャ、チャカチャカ、チーン、と、ロックがされたらしい。
「あたしはベアーグラスを水にあててくるね」
パキラはそういうと、上に向かう通路を歩き出した。
タムはベアーグラスの、軽さを思い出した。
悲しいほど軽い少女。
一度、乾いた記憶のある、
カビの怖い少女。
そして、鬼のように強い力を秘めた少女。
ベアーグラスはタムに何も言わないまま、
パキラに抱きかかえられて、行ってしまった。
「さて、そろそろ寝たほうがいい」
ネフロスが声をかけてくる。
「また、何かお話してくれるんですか?」
タムはネフロスを見上げた。
ネフロスは、露骨にいやそうな顔を作った。
「俺はそういうのが苦手なんだ」
「お話面白かったですよ」
「もう、しないからな」
ネフロスは、上への通路へ向かった。
「タム、ある程度アイビーには報告が行ってる。最低限報告したら、部屋に戻って寝ろ」
「はい」
タムは了解して、グラスルーツ管理室に向かった。

こんこん。
「どうぞ」
静かな声が入室を促す。
タムはグラスルーツ管理室の扉を開けた。
アイビーが一人で水を飲んでいる。
ギミックはいじっていない。
「おおむねの報告は入っています。アラビカからも話は聞いていますね」
「はい」
アイビーは水を少し口にして、飲み込んだ。
「予言が解放されることを、火恵の民は恐れていました」
「雨は火と相容れないから、ですか?」
「相容れないというより、雨を恐れているのかもしれませんね」
「でも、異端もいるんですよね」
「火恵の民の異端は…清流通り二番街にやってきます。意味はわかりますね」
「命の水取引商」
アイビーはうなずいた。
「雨と火と、ともに歩める道を探すものたち。その命です」
タムは意識した。
首からかけられた銃弾を。
アイビーはため息をつく。
「それがよいことなのかは、わからないのですけれど…」
「なんで?いいことじゃないんですか?」
アイビーは、静かに言葉をつむぐ。
「わかっているはず、グレードマザーが火を恐れていたということ。それとともに歩めるかということ」
タムも考えていたことだ。
ぼんやりと考えていて、
ともに歩むことを良しと、なんとなくしていたことだ。
「エリクシルは、ともに歩むことをよしとしています。だから、彼らの命とともにあります」
アイビーはタムの目を見る。
「タム、あなたはどうですか?」
タムは目をそらして、うつむいた。
「よく、わからないです」
アイビーが静かに立ち上がった。
「そろそろ眠りに入る頃です。お話はないですけれど、眠れないことはないでしょう」
「子どもじゃないです」
タムは不機嫌そうにアイビーを見た。
「ポトスかプミラ、アスパラガスもタムを気に入ってますよ」
タムは、その面々を思い出した。
口調が特徴的で、眠れたものじゃない。
「いいです!」
タムは、とりあえず断った。
アイビーは面白そうに笑っている。
からかわれたのかもしれない。
そして、アイビーは静かに真顔になった。
「表側の世界と裏側の世界に、私たちは存在します。確かに」
タムはうなずき、グラスルーツ管理室を後にした。

タムは部屋まで走っていった。
徐々にアジトに入り込む明かりが暗くなる。
早く寝なくちゃ。
そう思い、タムは部屋まで走った。


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