クロックワークの狭間


タムはアジトの階段や坂道を駆け上がる。
夜はそこまで迫ってきている。
風の力で動いているのか、
水の力で動いているのか、
かすかにギミックの音がする。
からからから…
ことことこと…
タムはギミックの音を聞きながら、
ギミックの塊のような、アジトの上へと駆け上がり、
いつもの自分の部屋の扉を開いた。
駆け込み、閉める。
タムはため息をついた。
息が上がったわけではない。
なんというか、夜に間に合った感じだ。

タムは部屋の新設の歯車を回す。
表側の世界の扉を降ろしておけば、大丈夫。
シンゴの気配はしない。
シンゴもまた、眠くなって寝ているのだろう。
風が眠ることはわからないが、
タムもまた眠いと思った。
タムは靴を脱ぎ、ベッドに入る。
そんなに時間はたっていないのに、
裏側の世界の時間は過ぎていく。
博士の講義、グレードマザー、お掃除するヒーロー、
フユシラズの予言所、ギルビー・ジン、ベアーグラスの覚醒、
…そして、火恵の民。
タムはつらつら思い出す。
そして、いつしかタムは闇に落ちていった。

ああ、いつもの…
タムはそう思った。
こうして表側の世界に…
「やっ」
タムの意識はぼんやりしたまま、声を聞いた。
明るい子どもじみた声だ。
「ようやく話が出来るね」
声はそう言った。
「ここはクロックワークの狭間って言うんだ」
声は無邪気に説明する。
「壊れた時計がつないでいるんだ。表側と裏側の狭間だよ」
朦朧としたタムは、よくわからない。
眠りに落ちているはずなのに、声を聞くと目覚めに近い気がした。
「今、君はどんな風景を見ている?」
「…真っ暗」
「ふむ」
無邪気な声は、納得したらしい。
「…いつもなら、誰かとつながった感じがして、水面から表側に帰る」
タムはイメージを聞かせた。
「なるほど、クロックワークの狭間は記憶してないんだね」
「そうかも」
「僕の目を使うと、また違うものが見えるよ」
「どういうこと?」
「僕は君に近い存在だ。壊れた時計も共有している。君と僕は一つかもしれない」
「よくわからないよ」
無邪気な声は、困ったようにうなった。
「うーんとね、表側の君、裏側雨恵の君、そして、狭間の君。狭間の君は僕だ」
「何で話が出来るの?」
「君が意識すれば話が出来るよ。ほら、風とだって話せるじゃないか」
タムは、そういうことかと納得した。
相変わらず視界は真っ暗で、
上も下もよくわからない。
このままでは、表側にも行けないなぁとぼんやり不安になった。
そして、クロックワークの狭間がどんな世界なのか、見たかった。
「ねぇ」
タムが声にたずねた。
「目を貸してよ。君の見ているものを見たい」
「おっけー」
無邪気な声は、やっぱり無邪気に承諾した。

水面で入れ替わるのとは、違う感覚がする。
自分がここにあるのに、
自分が入ってくる感覚。
壊れた時計は相変わらず感じる。
好き勝手な長針短針秒針、生真面目な刻み。
タムは何かを取り戻した感覚を持った。
タムじゃない、
自分は誰だろう。
何かを得て、名前を失った気がした。
「僕は誰だろう…」
「名前がないと不安?」
「うん…」
「ひらめけ!」
無邪気な声は、そう、命じた。
彼は、不意に一つの単語がひらめいた。
「リタ」
「うん、女みたいだけど、なかなかいいじゃないか」
リタはようやく視界が開けてくるのを感じた。
今まで見えなかった世界。
名前を持って、世界に入れたのだ。
「じゃあ、僕らはリタだ」
「タムは眠るといいよ」
「緑もきっと寝てる」
「そして、壊れた時計は共有しているのさ」
無邪気な声…リタは宣言する。

「ようこそ、クロックワークの狭間へ!」
リタはクロックワークの狭間に降り立った。


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