ゆがんだ路地


錆色の町は、町役場の涼しさと違い、
出た瞬間から、蒸気熱でむわっとした感じだ。
リタはため息をついた。
スミノフは、一瞬目を閉じ、
「この蒸気がたまんないんだ」
と、目を開いて笑った。
最近錆色の町に来たらしいが、
リタより順応しているかもしれない。
リタは、渡された金属の板の地図を見た。
「火球広場に戻って、黄銅の門、それから路地…」
「看板みりゃわかるだろうし。行こう」
スミノフは、履きなれた靴で歩き出した。
ちょっと歩き、リタのほうを振り返る。
「置いてくぞー」
リタは、スミノフに追いつくべく、走り出した。

スミノフに追いつき、走ることから歩くことに切り替える。
「リタ」
「はい?」
「やっぱりコーディネートとかしてもらったのか?」
「ベイリーズってところ、看板で見つけて」
「へぇ、僕も見てもらったんだ。その、ベイリーズで」
「やっぱり、今まで着ていた服は、どこかに消えたんですか?」
「あるべきところに戻ったとか言ってたね」
「不思議ですねぇ…」
「そういうものなんだと、僕は思うよ」
スミノフは、あまり気にしない性質らしい。
歩きながら、看板なんかを見ながら、楽しんで歩いているのがわかる。
「目下、プロジェクト・リキッドとやらに、参加するらしいってこと。それだな」
「何のプロジェクトでしょうね」
「僕は、そんな細かいことまではわかんないよ」
「ごもっとも」
二人は雑談しながら、火球広場まで来た。
赤銅の門を抜け、黄銅の門を探す。
結構広い火球広場を歩く。
門がいろいろあるらしいことはわかった。
くねくねした金属の管が上にぶら下がっている。
蒸気の音が、絶え間なくする。
しゅーっ!しゅーっ!
蒸気で程よく湿気を帯びた広場、火球で熱も加わる。
人々のいこいの広場、交流の広場ともなっているようだ。
「あった、黄銅の門」
スミノフが先に見つけた。
リタが後ろからついていった。
門をくぐり、通りに出る。
あまり大きな通りではないが、とにかく路地が多い。
金属の建物、曇った窓。蒸気の気配。
壁にかかっていたり、または上からぶら下がっている管は、熱いのだろう。
「僕が思うに」
スミノフがリタに振り返って、話し出す。
「この通りは、知る人ぞ知るものが集っているものと思う!」
「知る人ぞ知る?」
「もしかしたら、宝物みたいなものが埋まっているかもしれない。そんな感じだ」
スミノフの目は、好奇心できらきらしている。
リタもわかる気がした。
少し通りの上を見ればわかる。
無数の矢印と看板と地図。
そして、宣伝文句。
壁からかけられているもの、どうやったのか、蒸気管にかけられているもの、
そして、蒸気が通るたびに、白く輝く看板もある。
いろんな店やらが集っている。
リタは一つ一つは見ていられないので、ざっと看板を見た。
情報集積所、という看板も出ている。
研究所という看板も出ている。
探偵事務所という看板も出ている。
「スミノフ」
リタは目がきらきらしたスミノフに話しかけた。
スミノフは、なんだと言いたげにリタに向き直った。
「この通りは、何かの情報を扱っているのが多いみたいだね」
「ふぅん…じゃ、プロジェクト・リキッドは、何かの情報?」
「研究所って看板もあるし、何かの研究をするのかも」
「看板見てても面白いけど、とにかく行ってみようよ」
スミノフは駆け出す。
「スミノフ」
「なんだよまた」
「一個前の路地を右」
リタが指摘すると、スミノフは、ばつが悪そうに戻ってきた。

路地を曲がると、
さらに蒸気管が密集している。
「なんか、ゆがんでる気がするな」
スミノフがよろける、
リタがとっさに支えた。
「ありがと」
スミノフもリタも気にすることなく、奥へと進んだ。
金属の板の地図では、この路地の先だ。
「多分、蒸気の管が規則正しくないんで、ゆがんで見えるのかもしれません」
「路地酔いしそうだよ」
スミノフは、冗談交じりに言った。
しゅーっ!と、蒸気の通る音がする。
ゆがんだ路地の向こう、階段が3段だけあり、
その階段の先に、扉がある。
金属の板が蒸気に揺れている。看板だろう。
「スミノフ」
「うん?」
「思うんだけど、この蒸気管、全部あの扉に向かってる」
「ほんとだ」
二人は近くまで、よろけながら歩く。
「ボンベイ・サファイア研究所」
リタが読み上げる。
スミノフはうなずいた。
リタは、少しだけある階段を上がり、扉をノックした。


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