恋文の行く末
緑はいつものように、講義に出て、バイトに出て、帰ってきた。
父の智樹は寝ているし、
母も悠々と家事をしている。
緑はいつものように過ごし、真夜中を待った。
パソコンを起動させて、
インターネットを徘徊する。
ぼんやりいろんなニュースを見る。
新しいこと、いいこと悪いこと。
ネットで接続されているのに、
ニュースは、果てしなく遠いことのように思われた。
やがて、いつもの時間が近づき、
緑はOSをシャットダウンさせた。
程なくして、画面が真っ暗になる。
緑はため息をついた。
「おい」
いつものネフロスの声。
「はい」
答える声は、タム。
タムはOAチェアを回して、トンと降り立った。
「行くぞ」
「うん」
いつの間にか真夜中にやってきたネフロスとともに、
タムは緑の部屋を出ようとした。
「ちょっと騒がしいことになってな」
「騒がしい?」
「まぁ、お前には関係ない」
ネフロスが扉を開ける。
タムは、心の中だけで腹を立てつつ、後に続いた。
扉の向こうはタムの部屋だ。
緑の部屋からの扉を抜けて、
ネフロスがタムの部屋の新設の歯車を回す。
ぎぃこぎぃこ。
扉は上に吊られ、やがて、天井に収納された。
「さて…アイビーから連絡があるまで…」
ネフロスが言おうとしたところで、
タムの部屋の扉の向こう、話し声がする。
タムは好奇心に駆られ、扉をそっと開けた。
エリクシルのアジトの、おおよそ3階の廊下。
声が聞こえる。
「せやからいうて、自信ないって、いってますやろ」
「大丈夫でがす」
「拙者もついている」
特徴のある声が、ひそひそ話している。
タムの左隣の部屋、ベアーグラスの部屋の前だ。
「今の時間帯ならば、パキラ殿はベアーグラスを迎えに行くはずでござる」
「そして扉を開けたところで、その恋文を渡すでがす」
「わて、自信ないですわ…」
タムはおおよその見当がついた。
プミラはパキラに手紙を渡そうとしている。
それは恋文だ。
たきつけたのは、ポトスとアスパラガス。
ネフロスの言っていた、騒ぎとはこれだろう。
タムの後ろに気配。
ネフロスがいた。
タムは何かしゃべろうとする。
ネフロスは口に人差し指を当てた。
黙って見てろと言うことらしい。
やがて、ベアーグラスの部屋から、パキラが出てきた。
「それじゃ、アイビーからまた連絡あると思うから…」
言いながら、ベアーグラスの部屋をあとにしようとする。
きっとベアーグラスを連れてきたのだろう。
パキラが部屋から出ようとすると、
ひょろりもじゃもじゃアスパラガスと、格闘家のがたいのいいポトスに押し出されるように、
白いつなぎのプミラが、よたよたと前に出された。
プミラはパキラよりは背が高い。
それでも、今日はどことなく頼りなく見えた。
ドアの陰に隠れ、タムはネフロスはそれを見ている。
きっとベアーグラスも見ている。
プミラは、意を決し、くしゃくしゃになった紙を前に出す。
目の前にはパキラがいる。
「あたしに?」
プミラは、何度も、こくこくとうなずいた。
パキラはそれを受け取って、目を走らせた。
恋文は封筒に入っているものではないらしい。
大方、渡すの何のを考えたプミラが、ずっと持っていて、くしゃくしゃになったのだろう。
パキラは、恋文を、プミラにつき返した。
そして、微笑む。
「書いてあること、読めたら考えるわ」
プミラは、一瞬きょとんとなり、そして、叫んだ。
「好きです。誰より、誰より、好きです!」
プミラは何か続けようとした。
パキラがそれを制した。
「恋文はあなたが持ってて、言葉は何より重い祈りなの。わかってるでしょ」
プミラは、何度もこくこくとうなずいた。
パキラは、これ以上ないほどの極上の笑みを浮かべた。
「最高に幸せなお嫁さんにしてくれるなら、考えてあげる」
プミラが、よろける。
「さ、今日も一日はりきっていこー!」
パキラはその場を離れる。
呆然とした男たちが残る。そして、男たちは泣き出した。
口々に、よかったなぁといっている。
ベアーグラスが部屋から出てきた。
タムと目が合う。
ベアーグラスは肩をすくめて見せた。
恋するというのは、大変なことらしい。