戦いに身を投じて
タムは駆け出す。
火恵の民の残りが、右手に火を携えてやってくる。
1人。
タムも1人だ。
タムはスクリュー・ドライバーを、オレンジ色のナイフを構える。
視界はぼやけていない。
太陽もぼやけていないように感じる。
クリアなのに、色がない。
ただ、倒すべき相手だけがはっきり見て取れる。
壊れた時計が刻んでいる音。
好き勝手に回る針の音まで聞こえるような感覚。
そして、自分の鼓動の中に、別の命が入っている、
そんな感覚。
火恵の民の火が見える。
右手、弱い。
タムは一気に踏み込んだ。
飛ぶように間合いに入る。
火恵の民は、右手の火を一瞬消し、防御に転じる。
タムから離れようとする。
目が見える。
おびえが見えた気がした。
タムも、バックステップすると、間を取った。
音は聞こえない。
風の音すら聞こえない。
ただ、戦うための命の音が聞こえる。
その命が、タムを突き動かしている。
誰の声も聞こえない。
今ここは、タムの空間だとすら思った。
火恵の民が、右手に火を携える。
火が勢いづく。
出来る限りの技なのだろう。
タムは、静かに高揚した。
最大限の力を出しきるものを相手にすること。それを喜んだ。
そして、それを倒すこと。
身体を駆け巡る命が教えてくれる。
絶対に負けないと。
タムは静かにナイフを構えた。
緊迫した空間は、一瞬にして均衡が破られる。
火恵の民がタムに突進してくる。
タムも、それを見て走り出す。
勢いづいた火すら、タムは怖くない。
タムは、地面を蹴る。
右手から突き出された火、その死角をついて、懐に飛びいる。
火は空を切る。
タムは片手でナイフを切り上げた。
ナイフは、すばらしい切れ味で、火恵の民の右手を落とした。
右手が青白い火を上げ、燃える。
タムは、呆然とする火恵の民の目を見た。
それで十分だ。
「バイバイ」
返すナイフで、タムは、火恵の民の首をはねた。
首はごろりと落ち、
青白い火で燃えた。
瞬く間に、決着はついた。
4人もいた火恵の民は、全て、粉砕された。
「解除」
「解除」
プミラとアスパラガスが、覚醒を解除する。
タムは、どこかぼんやりしていた。
「…解除」
タムはぼんやりと解除した。
まだ、別の命の感覚が残っている。
変な高揚感、地面がふらふらするような感じが残っている。
タムは、へたりこんだ。
「あの女はどこに行ったでがす?」
アスパラガスがその場に問いを入れた。
人質とされた治療屋のものは、あちこち見ている。
反応から察するに、そういえば、いないという感じだ。
「あの女は逃げたよ」
治療屋の入り口、人ごみの中から男が歩み出る。
タムは首だけ向けた。
それは、新しいポリシャス町長だ。
「とっさに投げた偽弾で、よくがんばってくれたね」
タムは、オレンジの偽弾を投げてくれた人がわかった。
「へぇ、いきなり偽弾であれをやらかすんかぁ」
プミラが感心する。
「タム、実は戦うゆうことに、向いてるのかもなぁ」
「やだよ」
タムは立ち上がって抗議しようとした。
足元がふらつく。
「なんか、やだ」
タムはそれだけ抗議した。
アスパラガスが、タムの頭をなでた。
ポリシャス町長が歩いてくる。
ふらふらしているタムの前に立った。
タムは、自分で立とうとした。
礼儀だ。
「予言を、ありがとう。おかげで私はここにいる」
「こちらこそ…オレンジをありがとうございます」
「偽弾は、清流通り二番街の店にいろいろある。たまたま持っていただけだよ」
「それでも、ありがとうございます」
タムはお辞儀しようとして、ふらふらとなった。
「タム君、エリクシルとともに、活躍を期待しているよ」
「はい…」
「とにかく、どこかで水を浴びるといい。偽弾を入れたとはいえ、銃弾はきつかろう」
ポリシャスは、タムの頭をなでた。
「チャメドレアはきっとまた、何かしでかす。そのときには働いてもらうかもしれない」
タムは顔を上げる。
ポリシャスは真剣な顔をしている。
「ともに町を守ろう」
プミラ、アスパラガス、タムはうなずいた。