水浴びの幻


タム、プミラ、アスパラガスは、アジトの奥を目指す。
右へ左へ降りていって、
奥に扉。
紐がベルに繋がっている。
プミラは紐を引っ張り、リンリンと鳴らした。
扉が開き、クロが顔を見せた。
「よぉ」
「どうも。水の調達頼みますわ」
「ふむ、プミラとアスパラガス、な」
「タムもですわ」
「タムも?」
クロは扉から少し身を乗り出し、タムを見た。
「ありゃ、こりゃ早くしないとな」
クロはクロなりに事態を把握したらしい。
「じゃ、三人分な」
「たのんます」
クロはタムの顔を見る。
「シャワーのギミックを1にあわせて待っててくれ。じき水が行く」
タムはこくりとうなずいた。
クロはうなずくと、また、扉の向こうに引っ込んだ。

よろめくタムを支えながら、彼らは、おおよそ三階に向かう。
ギミックの音が、少しだけ忙しいなと、タムは思った。
がこんがこん、からからから…
階段を上り、坂を上がり、
タムはようやく自分の部屋の前にやってきた。
「服着たままでええから、水をいっぱい浴びてな。ほな、わいももどりますわ」
「タムはがんばったでがす」
プミラとアスパラガスはそう言うと、自分たちの部屋に戻って行ったらしい。
タムは扉を開いた。
ふらふらと入り、扉を閉める。
ため息を一つついた。
「シャワー…」
タムはふらふらとシャワーのギミックに向かう。
上にシャワーのギミック。胸の辺りの高さに歯車がある。
下には、排水溝がある。
以前も確認したが、歯車には、1、2、3、止。とある。
タムは、歯車を1にあわせた。
ザー…
強い水が落ちてくる。
タムは頭から水をかぶった。
心地いい。
緑色のジャケットも水を吸う。
着ている服がずぶ濡れになる。
タムは立っていられなくなって、シャワーの下に座った。
水は相変わらず落ちてきている。
ザー…ザー…
タムは上を向き、落ちてくる水を飲んでみる。
水がどこまでもおいしい。
顔にかかる水が心地よい。
目を閉じて、水の流れるままにする。
タムの中に水が満ちていく。
タムは、水をかぶり続けたまま、部屋を見た。
いつもの部屋だ。
白い壁、ギミックのある風景。ベッドサイドのテーブルにあるグラスルーツ送受信機。
全てが水にぼやけて見える。
その風景の中、タムは異質なものを認めた。
人影。2つ。
(僕を使ってくれてありがとう)
人影から声が聞こえる。
タムはそう思った。でも、耳に入るのは水の音ばかり。
頭に響いてくるのかと思った。
(僕はスミノフ。君の使ったスミノフだよ)
タムはうまく言葉が出せない。
しゃべろうとすると、水が口に流れ込む。
(しゃべらなくていいよ。お礼を言いに、僕は出てきたから)
タムは怪訝そうな顔をした。
(オレンジと違って、僕は異端の火恵の民だ。使われないと、生きていると思えないんだ)
人影は語りかける。
(僕は君の命になって、そして今、水にのって、解放されようとしている)
「かいほ…」
(うん、解放。雨恵の町の流れに僕の命は帰るんだ)
タムはうなずいた。
(いくつもの同士が、雨恵の町の流れに帰っていった。そして、どこかで生まれ変わるんだ)
人影は、ぼんやりしたまま、タムに語り続ける。
(僕はそろそろ流れに帰るよ。オレンジ、一緒に行こう)
(じー、じー)
ぜんまい人形のような声がする。
きっと偽弾の意思は、機械仕掛けみたいなものなのだろう。
タムはぼんやりと部屋を見る。
人影はもういない。
タムが見た幻だったのかもしれない。
ザー…
シャワーは少し弱くなった。
タムは、立ち上がる。
ふらふらはしない。
自分の中から何かが抜け、代わりに水が満ちている気分だ。
シャワーはやがて止まった。
タムは歯車を2に合わせて服を乾燥させ、
そして、3にあわせて、光を浴びた。
歯車を止に戻すと、タムは大きくため息をついた。
もう、ふらふらしない。


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