曖昧な記憶
蒸気光石で明るい廊下を走り、
扉を開けると、濃い蒸気。
サファイアの研究施設だ。
サファイアは、濃い蒸気の中、
蒸気光石で表示されている研究をしているようだ。
ペンのようなもので、何かを示しているように、金属の板に描いている。
表示が変わったり、明滅したりする。
しゅっしゅっ。
施設の中、蒸気が絶え間なくどこかで呼吸しているような音。
動力源は、やっぱり蒸気なのかもしれない。
「ふぅ」
サファイアが、ため息をついた。
そして、リタたちのほうを向く。
青い蒸気光石の目は、視線という概念はなく、
焦点も合わないように見える。
それでも、サファイアは、見えているらしい。
サファイアは、リタたちのほうに笑顔を向けた。
「やぁ、おはよう。こっちはひと段落着いたよ」
「おはよ」
「おはようございます」
「まぁ、かけたまえ」
サファイアが、昨日のように椅子を引っ張り出す。
リタとスミノフは昨日のように腰掛ける。
「さてと、プロジェクト・リキッドの一環。エーテルを作ることに関してだね」
サファイアは、わざともったいぶって話し出す。
「エーテルとは壊れた時計を軸として繋がっている存在、そう話したと思う」
「うん、世界をつないでるんだよね」
スミノフが答える。
サファイアはうなずく。
「何か、別の世界の記憶を持ち帰れたかな?」
スミノフは無言でリタを見る。
リタはうなずき、話し出す。
「別の世界にも、火恵の民と名乗るやつらがいました」
「ふむ」
サファイアはうなずき、ペンを手に取る。
金属の板を手に取り、カリカリと何かを書く。
「火恵の民の特徴は、右手から火を放つこと、それから、黒装束」
「ふむふむ…」
「ええと…曖昧ですけど…」
「どんな情報でもいい、話してくれ」
「誰かに買われたとか、火恵の民にも強い弱いがあるとか…」
「ふむふむ…」
「異端の火恵の民があるとか。思い出せるのは、そこまでかもしれません」
「ふむ、なるほど」
サファイアは、ペンをまだ走らせている。
「そこまで覚えてるんだ」
スミノフは感心しているらしい。
リタはなんとなく、気恥ずかしくなった。
サファイアはペンを止め、金属の板を眺める。
「ありがとう。これは興味深い記憶だね」
「興味深い…」
リタが聞き返すと、サファイアはうなずいた。
「まず、火恵の民。外では演説をしているらしいが」
スミノフがうなずく。
「どうやら火恵の民とやらは、ある程度、異世界へと行く技術を持っているらしいね」
「あの」
リタが問いを入れる。
「それは、エーテルになりうるのですか?」
サファイアは、首を横に振った。
「エーテルとは、様々の世界にいることが出来るが…」
「火恵の民は違うんですね」
「うむ、火恵の民は、この錆色の町から出れば、錆色の町からいなくなってしまう」
「なるほど…」
「したがって、火恵の民は、エーテルではない。ほかに質問は?」
「いまは、まだ」
「そうか」
サファイアはペンで描かれた金属の板を見る。
「そして、特徴は、右手から火を放つこと。さらに、黒装束だね」
「はい」
「買われたという表現の記憶」
「はい、火恵の民が買われたと、誰かが」
「そうなると…一つ推論が出るね」
「推論、ですか?」
サファイアは、ペンで金属の板をこつこつと叩いた。
「火恵の民が別の世界に行く手段だ」
「すごいや、そこまでわかるの?」
「推論に過ぎないが」
サファイアは咳払いし、続ける。
「現在の火恵の民は、別の世界の仕掛け人形に意思を持たせ、動いている状態だね」
「仕掛け人形」
「錆色の町からは火恵の民が転移というのかな、されて、別世界の仕掛けに乗り移る」
「だから、攻撃手段が右手の火だけだと」
「うむ、誰かに買われたということから、推測を立てて思うわけだ」
「ふぅむ」
スミノフがうなずく。
リタもうなずく。
「そうだね…異世界の誰かは、火恵の民と結託して、仕掛け人形を作っている」
「だれか」
リタは思い出そうとする。思い出せない。
「そして、火恵の民も、そこへと送れる技術があると。そこまでを思うわけだ。しかし…」
「しかし?」
「異端の火恵の民か…」
サファイアはこつこつとペンで金属の板を叩いた。
リタは思い出そうとする。
とても重要なことなのに。
「これは研究事項だね。君たちは町でも見てきなさい。きっと面白いと思うよ」
リタとスミノフはうなずき、鍵の金属の板と、壊れた時計を確認すると、席を立った。