風を売る通り


研究所を出ると、階段が少しだけ。
「で、これからどうする?」
スミノフは階段を飛び降りた。
リタはまじめに一段一段降りる。
「そうですね、中央火球広場から、どこか行ってみますか」
「広場で何か掲示してあるといいけどね」
「行きますか」
リタとスミノフは、ゆがんだ路地を抜け、
黄銅の門の通りに出た。
相変わらず、看板がたくさんかかっている。
時折ピカピカと光る看板は、
蒸気光石でも使っているのかもしれない。
黄銅の門の通りに限らず、
どうも錆色の町は路地が多い。
そして、路地のいたるところに、蒸気管が通っている。
生活の証なのかもしれない。
スミノフはさっさと先に行ってしまう。
リタはあわててあとを追った。

黄銅の門を通り、
中央火球広場にやってくる。
「そういえば」
リタがスミノフに追いついて、話し出す。
スミノフは振り返る。
「この火球で蒸気を作っているとして、何で熱しているんでしょう」
「あー、知らなかったな。掲示板にでも書いてあるんじゃないかな?」
スミノフは、気がつくと走り出す。
探したいのだろう。
リタも、掲示板を探した。
「あったよ」
スミノフが、ちょっと先で手を振っている。
リタはそっちにかけていった。
「ほら、これ」
スミノフの見つけた掲示板には、火球の仕組みのようなものがあった。
「ワイズマンの火が熱しているんだって。この火は錆色の町とともにあり、止まることを知らない」
リタも同じ文章を目で追う。
ワイズマンの火が、蒸気を作り出して、町は動いている。
「心臓みたいなものかな」
「錆色の町の命そのものかもしれませんね」
「なるほどな」
「さて、どこに行きましょう」
リタは周りを見る。
リタが見ている間に、スミノフは駆け出す。
掲示板を見に行ったらしい。
求人や広告の掲示板だ。
何か面白いものがあるかと踏んで、かも知れない。
リタは後をついていく。
スミノフは、掲示板に貼られた金属の広告を見ている。
目が様々の広告を見ている。
「なんだこれ」
スミノフの視点が止まった。
「風すすりの店、アリーゼ。新規オープンだってさ」
「風すすり?」
リタは聞き返す。
「わかんないけど、面白そうだよ。黒銅の門の通りだってさ」
スミノフは走り出す。
リタは場所を確認すると、スミノフを追った。

黒銅の門の通り。
蒸気が流れる音がする。
しゅーっしゅーっと。
そして、窓は蒸気で曇っている。
店が多いようだ。
黄銅の門の通りが研究的なものなら、ここはどんな通りなんだろう。
リタは通りにたくさん掲げられている看板を見る。
「上質風抽出」
「ピート香風ならここ」
「潮風はいかがですか」
「バニラ香風専門店」
リタはなんとなく理解する。
ここは、風を売っているのだ。
スミノフが先できょろきょろしている。
新規オープンの店を探しているのだろう。
リタは駆け寄る。
「場所わかりました?」
「この辺だと思うんだけどなぁ…」
リタは上を見る。
看板が出ている。
「こだわりの店、アリーゼ…この辺のようですね」
「何売ってるんだろうね、風すすりって」
「風を売っているみたいですよ」
「ふぅん?」
スミノフは面白そうというそれだけで来たらしい。
「とにかく、お店探しましょう」
リタが言うと、
スミノフが歩き出し、
誰かにぶつかる。
「おっと、すまない」
男の声が上から降ってきた。
「おや、子どもじゃないか。おいおい、風すすりは大人の娯楽だよ」
降ってきた声が続けてそういった。
「大人の娯楽?」
スミノフが聞き返す。
「そう、大人の娯楽だ。純粋な子どもに売るものじゃないよ」
リタは、スミノフにぶつかった人影を見る。
大柄の男だ。精悍な顔つきをしている。
黄色いシャツに、褐色のジャケットを羽織っている。
「ぶつかってごめんなさい。でも、風すすりってどういうものなんです?」
スミノフは謝り、そして、疑問を口にした。
大柄の男は、考えたらしい。
「オープンした店に行こうと思っていたところだ。見るだけなら一緒に行かないか?」
「行く!」
スミノフは即決した。
「僕も行っていいですか?」
「見るだけだぞ」
大柄の男は笑った。
「僕はリタです」
「僕はスミノフ」
「俺はキカクっていうんだ。よろしくな」
キカクは、歩き出した。
二人はついて行くことにした。


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