風すすりの店


キカクが先にたって歩く。
スミノフは小走りについていく。
リタも見失わないようについていく。
「どんなのかな」
スミノフは、持ち前の好奇心の塊になる。
「くれぐれも、風をすするんじゃないぞ」
「わかってるよ」
キカクは注意し、路地を一本入った。
上にたくさん蒸気管のようなものがぶら下がっていて、
しゅうしゅう音を立てている。
キカクは悠々と路地を歩く。
スミノフは、下にもある蒸気管に注意しながら走る。
リタもついていく。
「ほぉら、あそこだ」
キカクが立ち止まり、路地の端を示す。
路地の果ては、壁。
壁に何かいろんな管がごちゃ混ぜになっている。
その左側に、少し明るくなっている…どうやら店がある。
リタは足元に気をつけてそこまで行く。
店は小ぢんまりとしていて、窓を大きく取っている。
錆色の町の店にもれず、窓は蒸気で曇っている。
祝いの造花…金属を薄く延ばして作ったものらしい花が飾られ、
上には、アリーゼと、看板がかかっている。
金属の看板で、まだ新しく、錆も浮いていない。
「この壁の管は、蒸気管じゃなくて、風の管だ。アリーゼで使っている風はここから取っている」
「へぇ…」
「アリーゼってのは、店主の名前だ。昔からの知り合いでな。独立して店を構えたって次第だ」
キカクはそれだけ説明すると、店の扉を開いた。

ころんころん
ベルの音がする。
スミノフも続き、リタも続いた。

扉が閉まる。
ベルの残響音がちょっとだけする。

小ぢんまりとした店内。
蒸気光石を使っているのか、うっすら明るい。
ボックス席が2つばかり。
カウンター席が10もあるかないか。
天井から、細い管がいくつもいくつも下りてきている。
今のところ、客はいないようだ。

「いらっしゃいませ」
中年の女の声がする。
奥からパタパタと足音。
現れた女は、やはり中年。
しっかり化粧をして、橙色の和装をしている。
髪は丁寧に結いあげられている。
自分でやったのか、コーディネートしてもらったのかはわからない。
「あら、キカクさん」
「よぉ、アリーゼ。このたびはおめでとう、な」
「ありがとう」
アリーゼはにっこり微笑んだ。
純粋に喜んでいるらしい。
「それじゃ、俺のいつもの」
「はい。…あら、お子さん?」
アリーゼは、リタとスミノフに気がついたらしい。
「ちがうよ、なんだか面白そうだってついてきたんだ」
「子どもは風をすするものじゃないわよ」
アリーゼがたしなめる。
「でも、僕は気になるんだ」
スミノフがふくれっつらになりながら返す。
アリーゼはころころと笑った。
「大人になったら、風すすりにいらっしゃいな」
「ちぇ」
スミノフは、子ども扱いされて、気分をちょっと害したらしい。
リタは、少しわかる気がした。
キカクは、カウンター席に座る。
リタとスミノフが両隣に座った。

アリーゼは、小さなガラスの器を取り出した。
握りこぶしよりも一回り小さい球に、細い管が一本、ひゅっと伸びている。
球の中には鉱石らしいものが入っている。
アリーゼは、伸びている細い管に、天井から下がっている管をつなぐ。
下がっている管の横、小さなレバーを下ろす。
しゅぅ…わっ!
何か気体が流れる音。
そして、
ころころころ!
激しく鉱石がガラスの球の中で転がる音。
ガラスは壊れはしないらしい。
やがて、鉱石が落ち着く。
その頃合を見計らい、アリーゼは小さなレバーを上げる。
そして、キカクの前に金属のコースターを出すと、
その上に、先ほどの器を載せた。
「どうぞ」
「どうも」
キカクは、器から伸びた管に口をつけると、うまそうにすすった。
ひょお…という、かすかな音がする。
「うまいな」
「ありがとう」
「風鉱石もいいのを使ってるな」
「まだお客来ませんもの。混ざりません」
「いや、それにしてもいい風だ」
キカクはうまそうにまた、風をすする。
ひょお…
風をすする音がする。

リタは、風もすすられて、うれしい音なんじゃないかと思った。


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