走る背中
スミノフは、機嫌がよくなったようだ。
「絶対見つけるんだよ」
男勝りを気取った口調。
何かに対しての意地なのかもしれない。
リタは、それはそれでスミノフらしいと思った。
「見つけます」
どこかでしたような約束。
約束はたくさんすると、どれか守れなくなるかもしれない。
それでも、スミノフを見つけたい。
どこかの世界にスミノフは、いる。
「きっと、スミノフという名前ではないでしようね」
「きっと違うさ。けど、リタには僕がわかる」
「わかるでしょうか」
「わかるさ。だってリタだから」
スミノフはそういうと、笑った。
スミノフは意識していないだろうが、
笑顔も少女のそれだ。
リタも自然と笑顔になる。
「さぁ、研究所に戻ろうか」
「そうですね、サファイアさんも何か見つけているかもしれません」
「すごいことだといいな」
スミノフは、好奇心の塊になる。
黒い目をきらきらと輝かせて、そして、走り出す。
スミノフは、考えるより先に好奇心で走り出す。
リタはそれが嫌いではなかった。
スミノフの走りについていって、
飛び出しすぎなら止めればいいし。
止めるリタを信頼して、スミノフは走っている。
リタは、そのポジションが、くすぐったくもあった。
なんだか嬉しいのかもしれない。
中央火球広場には、
火恵の民が演説をしている。
立ち止まる人もいるが、
無関心がほとんどだ。
スミノフは、黄銅の門にかけていこうとして、
中央火球の近くの掲示板で立ち止まった。
リタが遅れて立ち止まる。
火恵の民が演説している。
以前より、聞き入る人が増えた気がする。
「リタは、あいつらを見たの?」
「え?」
「別の世界のことさ、サファイアが仮説立ててただろ」
「ああ…」
「そうは言っても、別の世界の仕掛け人形じゃ、わかんないか」
スミノフはあっさり撤回する。
そうして、火恵の民の演説を聴いている。
「異世界には、永遠の命がある」
「そこに住まい、永遠の楽園とする」
「蒸気にも縛られない、ワイズマンの火の世界を」
「火により生まれたものの世界を」
「火により生まれた…かぁ」
スミノフは、また、好奇心の塊になったらしい。
きょろきょろとあたりを見回す。
「いた!」
誰かを見つけると、スミノフは駆けていった。
リタが止める前に、スミノフは、誰かに駆け寄り、一言二言会話をすると、
何かを持って戻ってきた。
薄い金属の板のようだ。
「へへっ、全部聞くの面倒だから、チラシもらってきた」
「よく見つけられましたね」
「すごかろう」
「すごいです」
「へへっ」
スミノフは照れ笑いした。
「じゃ、ちょっと見てみようか」
「はい」
スミノフとリタは、隣り合ってチラシを見る。
「錆色のくすんだ町から楽園へ…」
「楽園って言うのは、異世界のことでしょうか」
「だろうね。永遠の命、これは仕掛け人形で、かな?」
「サファイアさんの仮説が正しいなら、おそらく」
「蒸気にも縛られない世界…かぁ」
「縛られているんでしょうか?」
「火恵の民は、そう思ってるんだろうな」
リタは、何か考える。
「サファイアさんなら、もっといい言葉を選べるんでしょうけど…」
「なにか?」
「蒸気によって生まれ、蒸気とともに生活している町、ですよね。ここは」
「そうだね、どこもかしこも蒸気だらけだ」
「そこを離れて、永遠の楽園を作ろうと、文面から読み取るわけです」
「そんな感じがするね」
「それは幸せでしょうか」
リタは、思いつくままの疑問を話してみた。
スミノフも疑問に思ったようだ。
「どこかを壊すって言うのから、好きではないので、偏見を持つのかもしれませんけど…」
「そうだねぇ…派手に壊しておいて、何も死なない、何も生まれない世界、かぁ…」
「スミノフさんは、そう感じましたか?」
「うん、仕掛け人形は死なないし生まれない。永遠の楽園ってなんだろうって思ったな」
火恵の民は相変わらず演説をしている。
「守りたいね」
スミノフはつぶやく。
「火恵の民は、楽園にしたいかもしれませんけど…」
「そうじゃない」
リタは、不思議に思ってスミノフの顔を見る。
スミノフは真剣な目をしている。
「リタの見た世界を、踏みにじられてたまるかって思う」
「僕の見た世界…」
「リタもいたはずだし、まとめて全部守ってやるさ」
スミノフは、不敵に笑った。
「サファイアの研究所に戻ろうか。チラシも何かの役に立つかもな」
スミノフは走り出す。
リタはいつものように、そのあとを追った。