黒い目の記憶
緑は食堂に二席取る。
そして、昼を待った。
食堂に学生が集まり、自然とがやがやしてくる。
居心地は悪くない。
マイペースにぺらりぺらりとページをめくる。
「やぁ」
後ろから声がかかり、気配はすぐに取られていた席へとうつる。
ケイだ。
薄い緑色のワンピース。無数の小さな葉のようなものが薄く描かれている。
そこに、白いカーディガンを羽織っている。
ファイルなどを入れるかばん。
何かばんというのかは知らないが、大きめだ。
いつものように、茶色の髪は不ぞろいに切ってあって肩まで。
昨日かぶった黒の大きな帽子も一緒だ。
緑はぼんやりと、ケイを見た。
ケイの眉間にしわがよった。
「じろじろ見ない」
「んー、昨日もかぶっていましたけど、その帽子」
「キャスケットっていうんだ。結構お気に入り」
ケイは帽子をおさえて笑って見せた。
無邪気な感じがする。
緑は、本を閉じた。
「あれ、もう終わり?」
「ぼんやり見ていただけです」
「ふぅん」
ケイは意味深に答える。
「じゃあ、あたしをじろじろ見ていたのは?」
「…不快だったなら、謝ります」
「快不快じゃなくて、あたしを見ていた理由は帽子だけ?」
「ええと…」
緑はうまい言葉をさがす。
頭をフル回転。
ぼんやりしがちの緑には珍しい。
「ケイさん、いつもおしゃれしているなと」
「ふぅん…」
緑は自分で言っていて、何かに気がつく。
何か、記憶の奥のほう。
おしゃれに気合入れているはずだから?
そんな言葉。
どこで聞いたのだろう。
きれいな人。
きれいな、黒い目。
それは目の前のケイの目だろうか。
緑は、黙ってケイを見る。
見つめる。
ケイは言葉を待っていたようだが、
ぷいと視線をそらした。
おまけに、キャスケットを深々とかぶり、顔を隠した。
緑はため息をついた。
こんな行動させるわけじゃなかったのだ。
ただ、自分の中の記憶をはっきりさせたかった。
見つめても見つめても、
記憶に出てくるのは同じ黒い目。
凛としている、黒い目。
きれいな目。
緑は、目の前のケイが、帽子で顔を隠しているのを、とても残念だと思った。
そっと頭に手をかけ、
帽子をひょいと取る。
帽子はそのまま、ちょこんとテーブルに置かれる。
どこか幼稚に恨めしそうな、ケイの表情。
「なにがしたいのよ」
「ケイさんを見ているだけでいいです」
「あたしは人形じゃないわよ」
「じゃあ、お話しましょうよ」
「…さっき会話とぎらせて、見てたの誰よ」
「…すみません」
「謝るなら最初からしない」
「…すみません」
「やれやれ…風間はどこまでぼんやりしてるのよ」
「ほっといてください」
緑は、左手で頬杖をついた。
ケイが隣で真似をする。
「どうして真似するんです?」
「風間の心境がわかるかなと思って」
「でも、ケイさんの心境はわかりません」
「それは風間がぼんやりしてるから」
「ほっといてください」
「二度目」
「むー」
緑は意味のないうなり声を上げてみる。
ケイは面白そうにそれを見ている。
面白そう、だけではない。
緑は深くにあるそれに気がつかない。
からかわれていると思っている。
あたりでもあり、はずれでもある。
「風間」
「はい」
「はたから見たら、あたしたち何に見えるだろうね」
「…友達?」
「この年で?」
「んー?」
緑自身もその辺は違和感があるなと思う。
いい年した男女が、お互いを見ていたり、同じポーズをしていたり、親しく会話している。
食堂は居心地よく騒がしくなってきている。
そこで、二人きり、なんだか切り離された感覚。
どう、見られているのだろう。
ケイは、両手で頬杖をついた。
ちらりと視線を緑に向ける。
「風間はわからない?」
「わかるようなわからないような…」
緑は頬杖をやめ、頭をかしかしとかいた。
きまりがわるい。
「そろそろ、食堂始まるよ。並ぼう」
ケイが席を立つ。
緑もわけわからないなりに、ケイに続いた。