お誘い


食堂のカウンター前は、学生でごちゃごちゃしている。
緑はその行列を越え、
いつものハヤシライスを手にして戻ってきた。
席に戻ると、ケイがうどんをテーブルに置いて待っている。
「遅い」
「ハヤシライス人気なんですよ」
「うどんがのびる」
「先に食べてても…」
「ちゃんと一緒に、いただきますと言ってから」
「はい」
二人手を合わせて、
「いただきます」
ケイはいつものようにうどんをかっこむ。
キャスケット帽子をテーブルに置いて、
おしゃれに気を使ったであろうケイは、
いつものように、うどんをかっこむ。
緑はもぐもぐとハヤシライスを食べる。
ケイの食べ方は、品がないというより、必死で豪快。
人によっては品がないと見えるかもしれない。
緑はそれはそれでよしとした。
気持ちいいくらい、うどんをかっこむケイ。
わかる人がわかればいい。

やがて二人は食べ終える。
緑が水を取ってくる。
ケイはぐいと水を飲む。
「やっぱり一味は程々がいいね」
「かけすぎなかったんですか?」
「今日は程々にした。激辛に慣れちゃうのもおかしいなと」
「ふぅむ」
緑は口に水を運ぶ。
普通の水。
普通のコップ。
緑は思い出しかける。
とても水がおいしかったことがあったこと。
どこでかはぼんやりしている。
どこだっただろう。
「水がおいしい時って知ってる?」
そんな緑に投げかけられた、ケイの言葉。
緑はきょとんとしたに違いない。
「酒飲んでね、身体が酒を分解するのに水を使うのよ。だから、酒飲んだ後の水はうまいの」
「へぇ…」
ケイが簡潔に説明する。
緑はなんとなくわかる。
「身体から酒を出すために、水が必要ってことですか?」
「そんなところ」
「じゃあ、お酒の役割ってなんですか?」
「へ?」
ケイは意表をつかれたようだ。
「結局分解されるなら、お酒ってお金の無駄じゃないですか?」
緑はあくまでぼんやりと尋ねる。
ケイは考える。
「酔ったことないとわかんないよ。居心地よくなるんだ」
「むぅ…」
緑はわからない。
「そうだなぁ…」
ケイが何か考えている。
「風間、土日の特別講義類は取ってる?」
「いえ、取ってないです」
「明日の予定は?」
「珍しくバイトも休みです」
「使える金は?」
「なんでそんなこと…」
「ある程度あるなら…」
「あるなら…たかるんですか?」
緑はぼんやりと言ったつもりだが、ケイは虚をつかれ、そのあと、途端に不機嫌の顔になる。
「たかるんじゃないよ」
「じゃあ…」
「明日は、あたしもオフ、風間もオフ、風間は酒の味も知らない」
「そうですね」
「飲みに行かない?」
「はい?」
緑は素っ頓狂な声を出す。
「大衆居酒屋みたいなとこでさ」
「たいしゅういざかや?」
「駅の近くにチェーン店展開してるようなとこ」
「あー…」
緑は、わかるようなわからないような気がした。
「どうせ食堂会議も出来ないし、飲みに行こうよ」
「それで、使えるお金聞いてきたんですか?」
「割り勘でと思ってね」
緑は、考える。
そして、
「行きますか」
答えを出した。
ケイが満面の笑顔を浮かべる。
こんなにきれいな笑顔を見ることが出来るなら、何回飲みに行ってもいいなぁと、
ぼんやり緑は思う。
「で、時間指定ある?」
「別にないです」
「じゃあ、昼頃から会わない?」
「そんなに早くから飲むんですか?」
「ショッピングか映画でも行こうよ」
「ショッピングに本屋は含まれますか?」
「いいね、行こう行こう」
緑はケイのペースになっていることに気がつかない。
それもまた心地いいということだけはわかっている。
二人楽しく明日の予定を立てる。
見知らぬ明日がこんなに楽しみになったのは、初めてかもしれない。

「それじゃ、明日の12時、駅前時計台ね」
「はい」
「何かあったらお互い携帯に」
「はい」
ケイはキャスケット帽子を手に取る。
「待ってるよ」
ケイはきれいに微笑むと、席を立って食堂をあとにした。
緑はぼんやりしている。
ただただ、明日が楽しみになった。


次へ

前へ

インデックスへ戻る