帰る流れ
タムは扉を閉め、ため息をついた。
風のシンゴがタムの服を膨らませた。
『どうした?』
「思ったことを歌ったんだってさ」
『ふぅん』
シンゴはくるくると回って、タムの髪の毛をくしゃくしゃにした。
『じゃあ簡単だ』
「簡単?」
『守りたいと思うと、同じ旋律が出てくるんだ!』
「そんなものかなぁ」
『シンゴ君天才とか思わない?』
「んー…」
タムは考え込んでしまった。
『おーい』
シンゴがくるくるっと吹いてみせる。
『なぁ、深く考えなくていいよー。思いつきなんだからさぁ』
シンゴはいまいち情けなくタムに呼びかける。
『天才じゃなくてもいいからさ、話しようよー』
タムは視線を上げた。
見えないけど、多分シンゴはそのへんに吹いている。
「ごめんシンゴ。じゃあ、何の話をしよう」
うれしそうな、風。
タムは心地よく思う。
『種、覚えてる?』
「種、シンゴが運んできた?」
『うん、予言』
タムは覚えている。
水を加えると、種は予言を吐き出す。
花術の基本で奥義だとか何とか。
「シンゴの予言で、町長さんが助かったんだよ」
『あわわ、ほんと?』
「うん、予言という約束によって…んっと、身体を切り替えることが出来たんだって」
『身体を切り替える』
「うん、古い身体から、新しい身体に」
タムもうまく説明できるわけではない。
「だからシンゴは、町長さんの命の恩人だ」
『あわわわわ』
シンゴがあたふたして、部屋のあちこちを吹きまわす。
もともと、カーテンやベッドくらいしか物がない。
机は歯車で出さなければ収納されたままだ。
タムは存分にシンゴを走り回らせた。
『なんか大きなことしちゃったよ』
シンゴの声は、まだ、あたふたしている。
「大きなことは嫌い?」
『俺、部屋の中に住み着いているような風だからさ、大きなことはびっくりしちゃうんだ』
「外には出ないの?」
『散歩には行くよ。でも、町長さんを助けたとか、びっくりしちゃった』
「シンゴは偉いよ」
『タムも偉い』
「僕も?」
『そうしといてよ』
「どうして」
『町長さんに予言を届けたのはタムだし、それに…』
「それに?」
『俺だけ偉いと不公平だ!』
シンゴはぴゅうとタムに向かって吹いた。
タムは目を閉じる。
シンゴを感じる。
風は偉いとか、そういうのに、こだわらないのだろう。
風は気ままだし、このシンゴは底抜けに優しい。
シンゴがタムの周りを吹く。
タムはそれを感じながら、窓のほうへ行く。
窓から外を見る。
空にはぼやけた太陽。
池のふち二巻、清流通り三番街。
エリクシルのアジトの、大体三階。
雨恵の町の、小さなタムの部屋。
首から下げている銃弾は二つ。
スミノフとスピリタス。
スミノフは、一つ、雨恵の町の…多分流れに帰った。
シンゴは黙っている。
タムも黙って、考える。
銃弾の、異端の火恵の民の、スミノフは、
クロの調達してくれた水で、流れに帰った。
タムはシャワーで流れに帰した。
では、流れて行ったらどこに行くんだろう。
シンゴが、さわさわと吹いた。
タムはイメージする。
どこかの世界、
水から分かれて、また、生まれ変わるところがあるかもしれない。
それまではきっと水と一緒に流れているのだ。
水から分かれる。
どんな風にだろう。
雨恵の町でないところになら、あるかもしれない。
そこまでスミノフが流れて行ってくれるといいなと思った。
スミノフ、スミノフ。
タムの中の特別な名前。
どこかの世界にもいたような。
表側の世界だろうか。
きっと特別なんだ。
スミノフも、スピリタスも。
「世界って不思議だね」
『そうだね』
タムとシンゴは外を見ながら、ぽつぽつと言葉を交わす。
心地よいぼやけた太陽。
ちりりんちりりん。
グラスルーツ送受信機のベルが鳴る。
仕事だ。きっと仕事だ。