動き出す影法師


タムはぼんやりと、上を見た。
水がざぁざぁ降ってきている。
タムはゆっくり前を見た。
ネフロスが心配そうに見ている。
タムはゆっくり首を回した。
ここはタムの部屋だ。
ネフロスが、多分クロに言って、
水を調達してもらっているのだろう。
タムはそこまで考えることが出来た。
タムはシャワーの下に座ったまま、ぼんやりとした。
「大丈夫か?」
ネフロスが、シャワーの降っている中、タムの髪をなでた。
「大丈夫です」
水混じりに、タムは答えた。
「なかなか気がつかないから、心配したぞ」
ネフロスは、タムの頭から手を離すと、ふぅとため息をついた。

タムは、思いをめぐらせる。
チャメドレアは、カレックスに動かされている。
世界を一つにする術を持っている、タムを狙ってくる。
ユッカの身体…これは、ベアーグラスが言うには、抜け殻。
そこに、火恵の民をいくつも入れて、化け物にするらしい。
カレックスという影法師は、何が目的なのだろう。
口調から女性であることが伺える。
化け物を作ろうとすることから、雨恵の町を壊したいということが伺える。
火恵の民をいくつも入れたいということから、
火恵の民に思い入れのあるものでもない。
カレックスに動かされている、チャメドレアと、火恵の民。
タムは、そう、印象付けた。
カレックスは、カレックスの手段で、世界を一つにしようとしているのか…
あるいは、みんな壊そうとしているのか。
なぜだろう。
悪いとわかっていても、カレックスが何か悲しい気がした。

ネフロスは、タムの前で胡坐をかいて、
タムを見守っている。
「何か考えてたのか?」
「はい」
(カレックスのことだね)
人影が映る。
タムはネフロスの隣にいる、人影を認める。
人影が二つ。
以前水浴びをしているときに見たものと一緒だ。
タムが視線を動かしたのを、ネフロスは見た。
「…いるのか」
タムはうなずいた。
ネフロスも経験があるのだろう。
異端の火恵の民との対話。
今回もスミノフだ。
雨恵の町の流れに帰る前の対話。
(君の見たカレックスは、影だよ)
頭に直接語りかけてくる、声。
(世界を維持しようとする力があるなら、その影)
確かにカレックスは影法師だったが…
タムのその考えを、スミノフは読み取ったらしい。
(影法師だったものに、タムは姿と記憶を与えている)
タムは声を出そうとする。
水が入ってむせた。
(カレックスは一人じゃないことを、知っているはず)
タムはごほごほとむせる。
(世界を一つにする力、タムが持っている。カレックスというもう一人。それは次の女神)
「めが!ごほごほ!」
女神と言おうとして、タムは大きくむせた。
(時計を壊した女神の、次の女神。一つになった世界の女神)
(じー、じー)
ぜんまい仕掛けのような音がする。
偽弾のトマトに違いない。
タムは声を上げようとする。
(さ、僕も流れに戻るよ。タム、わかっているね。世界を一つにするのなら、次の女神も守るんだ)
「僕は!」
シャワーが止んでいる。
水滴が一つ二つ落ちた。
人影は消えた。
ネフロスが、いつもの鋭いまなざしで見ている。
「まずは乾かせ。それから、何を聞いたのか、聞こう」
ずっと見ていたネフロスが促す。
タムはよろよろと立ち上がり、歯車を回した。
乾燥させ、あたたかくする。
そして、止めた。

タムは、振り返った。
「アイビーさんのところへ行きます」
ネフロスも立ち上がった。
「さてはアイビーが危惧していたことがあったな」
「危惧?」
タムは聞き返す。
「アイビーは言っていた。影が動き出すと」
「影が…」
そうだ、影法師のカレックスが動き出すではないか。
カレックス、カレックス。
はじめて聞いた名前ではない。
カレックス・ブキャナニー。
下の名前ははじめて聞いた。
カレックス、カレックス…
タムはどうしても思い出せない。
何か、とても大切なことなのに。
「どうした、報告に行くぞ」
ネフロスが促す。
タムは、歩き出した。

何か、大事なことを忘れている気がした。


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