彼女のフルネーム


タムはネフロスを伴い、
アイビーのいる、グラスルーツ管理室を目指した。
いつものように走らず、黙々と下りていく。
タムは、流れに帰っていく、スミノフが言っていたことが、ずっと気になっていた。
次の女神。
カレックスは一人ではない。
影が動き出す。
アイビーに話せばわかるだろうか。

おおよそ一階、グラスルーツ管理室。
タムはノックをする。
「どうぞ」
いつもの静かな声がする。
タムは扉を開ける。
そこには…
エリクシルの全員がそろっていた。
パキラ、プミラ、アスパラガス、ポトス、クロ、アイビー、ベアーグラス。
そこに、タムとネフロスが加わる。
足元には、コケダマのリュウノヒゲがいる。
扉が閉まった。

アイビーが話し出した。
「そのときが近づきつつあります」
タムは、わかっていても問いかける。
「そのときって、なんですか?」
アイビーは静かに告げる。
「世界が、一つになろうとしています」
タムは、予想していた言葉を聞いた気がした。
本当に…世界は一つになってしまうのか。
表側も裏側も、クロックワークの狭間も。
アイビーは、周りを見渡し、話を続ける。
「ワイヤープランツ男爵の一件で、タムには世界を一つにする力が裏づけされました」
「裏づけ…」
「一つにつなぐべき、記憶があるということです」
「記憶だけじゃつながらないと」
タムの反論に、アイビーはうなずく。
「タムは、世界のイメージも持っています、そして、大きな力も持っています」
「大きな、力?」
「世界はイメージの中にあり、世界は約束の中にいる」
「約束、イメージ」
「予言と記憶を、まずはタムは持っている」
タムはうなずく。断片的だが、記憶がある。
「そして、オリヅルランが託した命も持っている」
タムは、首から下げられた銃弾を握り締めた。
「スピリタス」
タムはつぶやく。
「その名前こそが、つなぐべき世界からもたらされたもの。力は未知数」
タムは記憶を探す。
誰かが…火気厳禁なほどの酒だといっていなかったか。
黒い目を思い出す。
ふと、ベアーグラスを見る。
影法師から、壊れた時計と、名前と、記憶を取り戻した彼女。
黒い目の彼女。
彼女のフルネームは…
「カレックス・ベアーグラス」
タムはつぶやいた。
そして、呆然とした。
「カレックス…」
タムはアイビーに向き直る。
タムは続ける。
堰を切ったように、話しだす。
「カレックスという、影法師が、雨恵の町を壊そうとしています」
アイビーはうなずく。
「チャメドレアも、火恵の民も、カレックスに踊らされているんです」
エリクシルのメンバーが、まじめに聞いている。
「エバの力の残りかもしれないんですけど…僕は、僕の意識が…見てきたんです」
アイビーはうなずいた。
「カレックス・ブキャナニー、その名ではないですか?」
タムはうなずく。
アイビーはうなずき返した。
「そのカレックスは、実体をもてなかったもの、影法師として他を操るしか出来なかったもの」
影法師のカレックス。
影法師だったベアーグラス。
「こちらもいろいろ探っていました。何かつながるものがあるはずと。これでわかりました」
アイビーが続ける。
「影法師のカレックスは、世界の影。一つにしないという意思…あるいは」
「あるいは?」
「全てを壊すという、意思」
「壊す…」
アイビーは、タムの顔を見る。
「それと対になるカレックス、それが、ベアーグラスです」
「ベアーグラスが…」
「タム、あなたはベアーグラスに約束を取り付け、彼女の、壊れた時計も、名前も、記憶も取り戻した」
タムはうなずく。
「影でないほうに、約束をした」
タムはうなずく。
「そして、フユシラズの予言を解放した」
タムはそらんじる。

「世界はまた一つになり、彼は見つける」

アイビーは満足そうにうなずいた。
「時計を壊した女神の、次の女神。その女神のもと、世界は一つになるはずです」
次の女神、それは…
「ベアーグラス…」
タムは呼びかける。
カレックスの名を持った、彼女。

黒い目の、美しい、
次の女神かもしれない彼女。
女神。
それにはあまりにも、彼女は少女だった。


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