平和の夜に乾杯
タムは大きくため息をついた。
アイビーや、流れに帰ったスミノフが言うのなら、
ベアーグラスが次の女神で、
タムは世界を一つにつなぐ。
そして、カレックスはその邪魔をするということだ。
アイビーは、肩を落としたタムを見た。
「タム」
静かに呼びかける。
タムは視線を上げる。
「流れとは、そういうものなのですよ」
アイビーが微笑む。
そして、アイビーはエリクシルのメンバーを見渡した。
「きっと今日の夜で、平和の夜が終わると思います」
物騒な言葉なのに、静かに、きっぱりと。
「やり残したことは、皆さん、ありませんか?」
プミラがおずおずと手を上げる。
「はい、プミラさん」
アイビーが指名する。
「…まだ、パキラをお嫁さんにしてへん…」
プミラは、なまってごにょごにょと言う。
パキラが、プミラの背中をばんと叩いた。
「全部終わってからでもいいじゃない」
パキラは、明るく笑っている。
くりっとした目が、微笑んでいる。
「手紙、持ってるでしょ?」
プミラはこくこくとうなずいた。
「なら、どこかでまた会えるよ」
プミラは泣き出した。
「かんにんなぁ…」
「謝らないの」
パキラはプミラの背をとんとんと叩いた。
プミラは何度もうなずいた。
「拙者も、やり残したことがあるでござる」
「ポトスもでがすか?」
ポトスとアスパラガスが、背の高いもの同士話している。
「うむ、拙者リュウノヒゲに五番街の水を飲ませたことがないのでござる」
ポトスの足元で、リュウノヒゲが転がっている。
ポトスはリュウノヒゲを肩に乗せた。
「知らぬままでもいいのだろうが、心残りでござる」
「心残りでがすか…」
アスパラガスは、遠い目をする。
「もっと仕事をしたかったでがす」
アスパラガスは、もじゃもじゃの頭をかいた。
「はーいはいはい、しけてるねー」
緑色のバンダナをした、クロが現れる。
「ほら、清流通り五番街の名水。汲みたてほやほやを持ってきたよ」
クロはコップをメンバーに渡す。
流れるように、飄々と。
「悔やんだら果てがないさ、なら、いいもの飲んで、平和に乾杯しようじゃないか」
クロが、ネフロスに水入りコップを渡す。
ネフロスは水のゆれだけで判断する。
「上級だな」
「特上級の水だよ」
クロはにやっと笑う。
「名前略するな、が、口癖だったのにな」
「昔のことだ」
「ほんの数日前だよ。名簿見たときはびっくりしたさ」
クロは何かを懐かしむ。
「タムと略したのも、ネフロス、あんただったな」
「お返しだ」
「ふーん、ずいぶんガキっぽいね」
「うるさい」
クロはにんまり笑う。
やがて、全員にコップと水がいきわたる。
タムは、ベアーグラスを見る。
ベアーグラスも、タムを見る。
不安はぬぐえない。
このひとときが、一眠りしたら消えてしまうかもしれないのだ。
ベアーグラスの黒い目が、不安に揺れている。
タムは、そっと、ベアーグラスに寄り添う。
「大丈夫」
タムに根拠なんてない。
明日は化け物が襲ってくるかもしれないし、
雨恵の町は壊れるかもしれないし、
タムとベアーグラスは、小さな世界の重大な役割を持っている。
ベアーグラスは震えた。
タムは右手でコップを持つと、空いた左手でベアーグラスの肩を引き寄せた。
「大丈夫」
タムは繰り返した。
ベアーグラスが、震えているのがわかる。
不安に震える、少女だ。
タムはそれを守ろうと、手に力をこめる。
守ろうとする少年だ。
「タム、ベアーグラス」
静かな声がかかる。
アイビーだ。
「私たちも出来るだけ援護します」
アイビーが静かに微笑む。
「ですから、やりたいことをやってください。決して悔いの残らぬように」
タムはうなずく。
ベアーグラスもうなずいた。
アイビーが、グラスを掲げた。
「では、最後と思われる」
すっと息継ぎし、
「平和の夜に!乾杯!」
「かんぱーい!」
ガラスと水の音がする。
決意した者たちの表情は明るく、
タムとベアーグラスも、知らずに笑っていた。
明日があるから、今、決意して笑えるのだ。