守る義務


雨恵の町の夜が来る。
グラスルーツ管理室の宴会は、
外からの明かりが真っ暗くなる頃、お開きになった。
「さぁ、明日に備えて眠りましょう」
アイビーはそう言うと、皆を帰らせた。
「あの、アイビーさんは?」
タムの問いに、アイビーは答える。
「出来る限り、ギミックと触れ合っていたいんです」
アイビーは静かに微笑む。
「明日全てに決着がつくとして…決着ついた後の世界に、グラスルーツがあるかが心配ですね」
アイビーは、ぱちりとギミックをいじった。
「祈りをこめて、眠りにつくまでギミックのそばにいたいです」
タムはうなずき、グラスルーツ管理室を出た。

グラスルーツ管理室にアイビーを残し、
皆は部屋に戻っていく。
クロは登録の泉に戻った。
「やっぱり、最後まで持ち場を離れたくないんですよ」
クロはそう言うと、飄々とした足取りで戻る。
緑のバンダナがゆれた。
「クロさん」
タムは呼びかける。
クロは振り向いた。
「いつも水をありがとう」
クロはにんまり笑った。
「それが俺の仕事だもん」
クロは、片手をあげてひらひらと振る。
「じゃあ、また明日な」
「はい」
タムは、クロとも離れ、アジトのおおよそ3階に向かう。
ギミックの音が小さくなっている。
ギミックも眠るのだろうか。
明るいアジトは、少し暗くなっている。
光源らしいものがないからだ。
タムは、おおよそ2階あたりで立ち止まる。
耳をすます。
アジトがゆっくり眠りにつくような感じ。
エリクシルのアジト。
タムの秘密基地。
大切なみんなの家。
小さくなるギミックの音。
「おやすみ」
タムはアジトにそう告げた。
からからから…
ギミックが静かに答えた。

おおよそ3階。
タムは部屋を目指す。
部屋の前に…ベアーグラスがいた。
タムは駆け寄る。
「どうしたんですか?」
ベアーグラスが、タムを見る。
「眠りたくないの」
タムにもわかる気がした。
明日を迎えるのが怖い感覚。
いろいろなことが、明日の雨恵の町で決まってしまうのだ。
決定権は、ポリシャス町長などではなく、
この二人にあるようなのだ。
「部屋で少し話しますか」
タムがそう提案すると、ベアーグラスはうなずいた。
扉を開け、中に入る。
『あ、ベアーグラス』
眠そうな風のシンゴが声をかけてくる。
ベアーグラスにも、声は届いているらしい。
「眠いの?シンゴ」
『ねむーい』
シンゴはゆっくりと舞った。
タムとベアーグラスを、ふんわり包む。
「シンゴ、明日、雨恵の町がいろいろ変わっちゃうと思うんだ」
『変わってもいいから、タムとかベアーグラスとかは、幸せになってほしいよ』
シンゴは優しくそよいだ。
『俺、幸せって大好き』
裏表のない風のシンゴの、本音だろう。
タムはうなずいた。

タムとベアーグラスは、ベッドサイドに腰掛ける。
「タム」
「なんでしょう?」
「また、子守唄歌いたい」
タムは、うなずいた。
タムは新設の歯車を回し、扉を下ろす。
靴を脱ぎ、ベッドにもぐる。
ベアーグラスは微笑んだ。
「さすがにこのくらいになっちゃうと、一緒に寝るのは、気が引けるの」
「じゃあ、僕が眠るまで、手をつないでもらえますか?」
ベアーグラスはうなずいた。
手をつなぎ、ベアーグラスが歌いだす。

異国の旋律。
タムを守ろうとする歌。
タムはちょっとだけ覚えている。
ベアーグラスを守りたい、
その思いを旋律にしてみた。
どこの言葉かわからない、ただ、思いからあふれる旋律。
旋律は絡まり、
不思議なハーモニーを奏でる。

カーテンと踊っていたシンゴが眠りについたらしい。
タムは目を閉じる。
覚えていて。
世界がどんな風に変わろうとも、
僕があなたの黒い目を守りたいこと。
微笑んでほしいこと。
思いは旋律になり、
やがて、旋律に身を任せて、タムはどこかへ落ちていった。

君はどこにいるんだい?


次へ

前へ

インデックスへ戻る