音楽の役割


リタはベッドから身体を起こした。
髪が乱れている。
伸びをひとつ。
蒸気のにおいがする。

ノックの音。
「どうぞ」
リタは答える。
入ってきたのは、スミノフだ。
「おはよ」
「おはようございます」
挨拶をすると、スミノフは勝手にベッドサイドに腰掛けた。
「ほら、頭出して。髪しばるから」
「あ、はい」
リタは、ベッドサイドに座りなおし、昨日使ったコームを取り出す。
スミノフは、鼻歌歌いながら、リタの髪を整える。
幾度も繰り返される、髪をすかれるのがきもちいい。
この旋律が心地いい。

やがて、昨日のように、髪がまとまる。
「それじゃ、サファイアのところに行こうか」
「そうですね」
身支度をちゃっちゃとすると、
リタとスミノフは、サファイアの研究施設に向かった。
廊下に出て、扉を目指す。
蒸気光石で明るい中を歩き、
扉に至り、開ける。
濃い蒸気が噴出す。
人影がいつものようにたたずんでいる。
サファイアだ。
サファイアはこちらに気がついたらしい。
「まぁ、かけなさい」
リタとスミノフは、椅子に腰掛ける。
「いくつかわかったことがある」
サファイアは切り出す。
「世界がつながろうとしている力が強くなってきていること、それから」
「それから、何?」
スミノフが好奇心で目を輝かせながら聞く。
「うむ、反発する力も強まっている」
サファイアの言葉を受け、リタはつぶやく。
「世界がつながろうとすること、反発すること…」
「思うに、世界がこのままでいいと思う意思。それがきているものと思う」
「このままでも、楽しいことは楽しいけどね」
スミノフの言葉に、サファイアが答える。
「世界は、一つにならなければならないんだ。少なくとも、この世界たちは」
スミノフは、怪訝な顔をした。
「この世界たち?」
サファイアがうなずく。
「君たちが、つなぐもの、エーテルとして存在する世界だ」
「エーテル」
スミノフは繰り返す。
「プロジェクト・リキッドの真髄はそこにある。世界はつながろうとしている」
「つながろうとしてるのか…」
スミノフは、ほうけたように、椅子に背を預けた。

「あの」
リタが話に割り込む。
「世界がつながろうとすることと、音楽は関係ありますか?」
サファイアの義眼が、見開かれた。
サファイアはまばたきをして、そのあと、話し出す。
「異世界で、音楽でも聞いたのかい?」
「記憶には…子守唄。それから…音楽の流れる店、店は異端の火恵の民がいると」
サファイアは、あごに手を添え、考えると、話し出した。
「音楽の流れる店か、これで整合がついた」
サファイアの中で、何かが落ち着いたらしい。
サファイアは、話す。
「火恵の民ではないが、異世界にあこがれるものがいるらしい」
「あこがれ」
「あこがれるものは、音楽を聞くそうだ。すると、憧れの異世界へと全てを飛ばせる」
「あこがれ、音楽」
「異世界では、さらに音楽を聞き続け、違う姿になるという」
「さらに音楽を聞かせ続ける場所が…」
「異世界の、その店というわけですね」
「そういうことだ。記憶にあるかい?」
リタは思い出そうとする。
記憶はずいぶん共有できている。
「ええと、命の水取引商。暗い中、音楽がなっていました」
「命の水か…」
サファイアはペンを取り、金属の板に何か記す。
「錆色の町の命の宿ったものがいる、と。命の行く末はわかるかい?」
リタは記憶を辿る。
「異世界の住人が、命を一度宿し、水に流して、命は帰る」
「ふむ…水に帰る…ならばそうだな」
サファイアが金属の板をこつこつと叩いた。
「火恵の民とは違い、錆色の町とも違い、異端の火恵の民は、水と共存をしているのだろう」
「共存」
「水と共に流れ、あるいは…」
「あるいは?」
「その水の流れが、錆色の町につながれば、蒸留されて生まれ変わるかもしれない」
「生まれ変わり」
「世界はつながろうとしている」
サファイアが、義眼の目を向ける。

リタは思い出す。
音楽のなっていた店を。
あそこには、異端の火恵の民がいたんだと。


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