警戒警報
サファイアが、小さくため息をついた。
「さてと、町でも見ると…」
ぴりりりり…
何かの音。
「蒸気伝言管だ。珍しいな、呼び出しなんて」
ぶつぶつ言いながら、サファイアは席の近くにあった、蒸気伝言管を取る。
リタは思う、管につながった、受話器だ。
濃い蒸気の研究施設の中、
しゅっしゅっ、と、さらに蒸気が増す。
「あーあー、こちら、ボンベイ・サファイア研究所」
『こちら町役場警備担当局、ただいま警戒警報が出ています』
蒸気伝言管の声が、研究施設内の蒸気に混じって聞こえる。
どうやら町役場から何かあるらしい。
警戒警報とは、物騒なことだとリタは思った。
「警戒警報とは?中央火球に何かありましたか?」
『火恵の民が、住人をさらうと、ターゲットは手当たり次第の模様』
「火恵の民は、演説をしていると聞いていましたが」
『何か、火恵の民で変わった模様。詳細はわかりかねます』
「中央火球に異常は?」
『特になし、引き続き、施錠をして、火恵の民に警戒してください』
「報告ありがとうございます」
『よろしく』
蒸気に響いていた声が途絶えた。
サファイアは、大きくため息をついた。
「外には出られないようだ」
「そのようですね」
「今日も面白いものを見つけようと思ったのにな」
スミノフは椅子に腰掛けたまま、ふくれっつらをした。
リタは思い出そうとする。
あごに手をやり、
または、頭を抱えたりする。
「火恵の民」
ピン、と、思い出されること。
リタは、ぱっと顔を上げると、話し出す。
「火恵の民は、化け物の材料に、町の人をさらっている」
サファイアの顔が険しくなる。
「異世界の記憶かね?」
「はい、裏側の世界の記憶です」
覗き見た記憶。間違っていなければ、さらわれた人は怪物にされる。
そして、雨恵の町が壊される。
「記憶の詳細はあるかい?」
リタは考え。話し出す。
「雨恵の町で、火恵の民と絡んでいるものがいます。そいつらが、次は怪物を作ると」
「怪物を作る手段は?わかるか?」
「一つの肉体に、複数の火恵の民…この場合は多分、さらわれた人も。入れてしまうと」
「まずいな。警備担当局に伝言するか」
サファイアは、蒸気伝言管の受話器を上げ、管のつまみを上げる。
「こちらボンベイ・サファイア研究所!町役場の警備担当局に」
『回線が混線しております』
「どうにかならないか?」
『回線が混線しております』
「まいったな…」
サファイアは、受話器を下げる。
ぐったりと椅子にもたれかかった。
サファイアの研究施設内は、そうして静かになった。
蒸気のしゅうしゅうとする音が聞こえる。
「外は、どんなことになっているんだろう」
スミノフが、不安そうにつぶやく。
「火恵の民もそんなにいないよ。きっと住人はみんな逃げて、締め出してる」
リタは根拠なく、そんなことを言う。
気休めでも、それがいいと思った。
平和だったのに、なぜ。
なぜ、そのまま世界が一つになってはいけないのだろう。
「スミノフ」
リタは呼びかける。
「ここに火恵の民が来ても、守るから」
スミノフは、心底驚いたらしい。
いつもの男勝りの口調が出てこない。
口をパクパクする。
そのあと出てきた言葉は…
「ばか…」
その一言だけ。
スミノフは、目をぬぐった。
「泣いてるの?」
「蒸気だらけなのがいけないんだ!」
スミノフは、そっぽを向いた。
肩が震えている。
やがて…
スミノフは、リタのほうをゆっくり向く。
そのスミノフの顔が、泣き顔に崩れる。
「なんだよなんだよ、女神とか、怪物とか、そんなの、そんなのなしで、平和じゃだめなのかよ」
「スミノフ…」
「ずっと、リタと一緒に、面白いところを回るだけじゃ、だめなのかよ」
「スミノフ…」
「いつまでも、リタの先を走って、後ろにリタがいて、それだけじゃ…だめなのかよ」
スミノフは…怖いのだ。
リタは、そう思った。
リタは、蒸気と涙だらけのスミノフの目をぬぐった。
スミノフは、泣きじゃくり始めた。
リタは、スミノフの髪をなでる。
少しでも落ち着くように。
女神とされるスミノフ。
彼女はあまりにも、少女だった。