おててつないで
緑とケイは、まずはランチを取ることにした。
「なにか、お勧めのところとか、ありますか?」
緑がたずねれば、ケイは首を横に振る。
「ハンバーガーで済ませようと思ってた」
ケイはどっちかというと、食べることに頓着しないのかもしれない。
だからいつも、うどんなのだろう。
…緑も緑で、いつもハヤシライスだが。
「ネットで調べてきたところ、駅の近くにあるんですよ」
「どんなとこ?」
「洋食屋さん。値段が安くて、おいしいそうですよ」
「宣伝じゃない?」
「一応、口コミでおいしいとあるので。どうでしょう」
ケイは思わせぶりに考える。
そして、
「安いハンバーガーよりはいいかもね」
と、結論を出した。
駅前時計台から歩き出す。
緑が先にたって歩く。
ケイが、ついてくる。
「風間」
ケイが、声をかけてきたので、緑は足を止めた。
「なんでしょう?」
ケイは、おもむろに緑と手をつなぐ。
「はぐれたら迷子だもん」
ケイはにんまり笑う。
多分、ケイの計画のうちのことなのだ。
緑は内心あせる。
自分の手が汗ばんでいないだろうかとか、
ほらやっぱりデートじゃないかとか、
笑顔のケイが、やっぱり素敵だとか、
のろけから何からで軽くパニックを起こす。
「何してるの、早く洋食屋さん行こうよ」
「あ、はい」
緑は手をつないだまま、ケイと共に歩く。
あったかい手だなぁと思う。
このポジションは居心地がいい。
「風間」
歩きながらケイが呼びかける。
「はい?」
「あせらないんだね」
「はい?」
緑は聞き返す。
「女と手をつないで、あせらないねと」
緑は、本心を言うことにした。
「内心パニックです。手が汗ばんでいないかとか、ケイさんの手があったかいとか、いろいろ」
ケイは、緑の手をぎゅうと握った。
「よかった、あたしだけじゃないんだ」
「え?」
「どきどきしてるの、あたしだけじゃないんだ」
ケイはきれいに微笑む。
黒い目が美しい。
「ええと、ケイさん」
「なによ」
「これって、もしかしなくても、デートですか?」
「あたしはそのつもりだったけど?」
「意識すると緊張します」
「あたしも緊張してるよ。そっか、風間もなのか」
ケイは大きく、つないだ手を振った。
「なんだか、一緒なんだなと思う」
「一緒ですか」
「うん、なんだか、ずっと一緒の気がする」
子どものように、つないだ手を大きく手を振りながら、
二人は道を歩く。
心の中で緑は、
おててつないでとか言う童謡を思い出す。
本当の曲名は思い出せない。
するとケイが、
「おーてーてー、つーないでー」
と、歌いだしたので、緑は少々驚いた。
ケイのほうを向く。
ケイも緑を見る。
「ガキっぽいって思った?」
「…同じ童謡思ってました」
「ガキ風間」
「歌ってたのはケイさんでしょうに」
「あたしはいいの」
曇天模様の空の下。駅からちょっとだけはなれた、裏通り。
知る人ぞ知るお店があるらしい。
そんな通りを、手をつないで歩いている。
「まんま、デートだね」
「でも」
緑が言い出す。
「でも、同じこと考えてるとわかると、ちょっと緊張が解けた気がします」
「単純風間」
「…呼び名がどんどん増えますね」
「いいんだよ、風間だから」
ケイは心底うれしそうだ。
緑もそれを聞くと、心が穏やかになった。
「風間」
「はい?」
「人間、みんな同じじゃないよね」
「そりゃそうですね」
「けど、同じこと考えてて、うれしい人っているよね」
「そうですね」
「風間」
「はい?」
「洋食屋どこ?」
「ああ、はい、次の路地を右に。一番星ってとこです」
「結構直球な名前だね」
「でも、見つける人が少ないんだそうです」
雑貨屋、古着屋、小ぢんまりとしたお菓子屋。
裏通りのさらに路地を入る。
一番星は、そんなところにあった。
「よくわかったね」
「口コミのなせるわざかも知れませんね」
二人は洋食屋に入っていった。