とっておきじゃない
洋食屋一番星で、二人はランチを取る。
安いわりにおいしいという。
ケイはいつものように、キャスケット帽子を置くと、
おすすめランチのオムライスをかっ込んだ。
緑はハンバーグランチ。
気分を変えてみたつもりだった。
一通り食べて、一息ついて、
今後について話し合う。
駅ビルの中でも、うろうろしようかという結論になる。
「思うに、デートなんてうろうろしてるもんだよ」
ケイはそう言う。
緑も、そんなもんかなと思う。
会計は、割り勘。
お互い、おごるとか言うと、戸惑う性質らしい。
「さぁて、夕方まで、てきとーに歩こう」
一番星を出て、ケイがそう言う。
「そういえば」
「なに?」
緑は気になっていたことを言い出した。
「今日はスカートじゃないんですね」
言われて、ケイはにんまり笑った。
「動き回るだろうと思って。それから…」
「それから?」
「実はとっておきのワンピースが一つあるんだけどね」
「とっておきですか?」
「いきなり、とっておきもないと思ってさ。今日はこれ」
緑はとっておきが見れなかったことを残念に思った。
それでも、口から出た言葉は、
「でもやっぱり、きれいですよ」
言われたケイは、赤面した。
ぷいとそっぽを向いてみる。
「とっておき隠してるのに、それを言うわけ?」
「いや、きれいといわれて減るものもないですし」
「むー」
ケイは、無意味にうなる。
緑はケイの手を取った。
「駅ビルのどこ見ます?」
「…本屋。話題の小説とか、みたい」
「行きましょう」
緑はつかんだ手を少しだけ、きゅっと握る。
ケイは、ぎゅうと握り返した。
「風間はみんな直球なんだもん。どうしていいかわかんなくなるよ」
二人、自然と歩き出す。
そうなるのが、当然であるように。
駅ビルの本屋に行き、
二人あれこれと見る。
ケイは本が好きらしい。
緑はパソコンの読み物などを紹介する。
そっちなら、緑の分野だ。
ケイは、今まで読んだ本を、緑に紹介する。
文学、エッセー、ばかばかしいもの、どうやら多岐にわたるらしい。
本屋をあちこち歩き回る。
話題の漫画なども見る。
たいていはビニールがかかっている。
「最近の少女マンガって、エロいんだって?」
「ネットの一部で騒がれてましたね」
「風間はエロいの好き?」
「ええと…質問で返しますが…」
「なに?」
「この男が、エロ少女マンガをレジに持っていくのって、どう思いますか?」
「えーと…きもいというか、こわいね」
「その辺わかってるので、興味ないってことにしときます」
「なんだよ、エロが好きとかの答えじゃないよ」
「あーあー、きこえませーん」
緑は耳をふさぐしぐさをして見せた。
ケイはおかしそうに笑っている。
駅ビルのほかのフロアも見る。
若者向けのファッションフロアもある。
ケイが、あちこちのお店について、いろいろ解説してくれる。
「あっちは、大人向け。シックに決めたいときに選ばれるかな」
「むこうのは?」
「カジュアル。町の中散歩するような気分で」
「じゃあ、手前のふりふりしたのは?」
「あたしは着ないけど、かわいいってことをアピールする子が着るかな」
「いろいろなんですね」
「風間が頓着しなさ過ぎるだけ。メンズだっていろいろあるんだから」
「メンズのおしゃれ…」
緑は考える。
「ホストですか?」
飛躍した緑の答えに、ケイは突っ込みを入れる。
「どうしていきなりそうなるよ」
「いや、おしゃれに、お金かけてそうだなぁと」
「だからって、飛びすぎだし」
「むぅ」
緑は無意味にうなった。
ファッションフロアを一通り冷やかして回る。
「ケイさんのとっておきって、どんなのですか?」
「少なくとも、風間は見たことないよ」
「きっときれいなんでしょうね」
緑は自然とそう言う。
ケイは、つないでいる手をぎゅっと握った。
「風間は直球すぎだ」
ケイはポツリとつぶやいた。
緑は聞こえないふりをした。