酒席
駅ビルなどをふらふらして、
時刻は夕方5時頃。
時計を見たケイが、
「そろそろかな」
と、つぶやく。
「とりあえず、大衆居酒屋。まぁ、適当に飲もう」
「はい。で、場所は?」
「駅北口のとこ。蔦葉って名前のとこ」
「じゃ、行きますか」
緑は歩き出す。ケイの手を取って。
夕方になりかけの頃。
ぼんやりした太陽も、沈もうとしている。
ケイがナビゲートして、駅北口の蔦葉という居酒屋にやってくる。
ぼんやりした夕焼け色に染まった扉。
木製のそれを開く。
カランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
と、元気よく声がかかる。
店員の女性が出てくる。
「予約していた皆川です」
ケイがよどみなく答えると、
店員の女性が、承知し、店内の奥に通される。
予約席と記された紙を、店員の女性が取ると、
緑とケイは、ボックス席についた。
「で、どれにする?」
ケイがメニューを渡した。
カクテル、チューハイ、ビールにワイン。
緑はぜんぜんわからない。
うんうん悩む。
ケイは苦笑いした。
「とりあえず、ソルティードッグとスクリュードライバーで」
ケイが勝手に注文した。
店員は伝票に記すと、席を去っていった。
緑は、抗議する。
「まだ頼んでません」
「スクリュードライバーからはじめてみようよ」
そういわれ、緑はなんとなく答える。
「ああ、オレンジとウォッカですね」
ケイの目がまん丸になる。
「知ってるんだ」
ケイが驚いたことを悟り、
緑はなんとなく落ち着かなくなる。
ここでないどこかで知ったこと。
スクリュードライバー、なぜか知っていること。
落ち着かなくなる。
「…何でだか、知ってるんです」
緑はそう言った。
信じてもらえるかは、わからなかったが、そう言った。
ケイは、苦笑いした。
「どっかで調べてきたかな。天然風間のくせに」
「なんとでも言ってください」
ケイはニヤニヤ笑っている。
緑も、笑い返した。
苦笑いしか出来なかった。
「お待たせしました」
テーブルに、カクテルが二つ置かれる。
置かれたのを見計らって、ケイがメニューを開く。
「ポテトとサラダ、それから焼き鳥と…」
ケイが手早く注文する。
緑は呆然と見ている。
店員はまた伝票に記すと、席を去っていった。
ケイはメニューを閉じて、薄黄色のカクテルを手に取った。
「オレンジは風間の」
「はい」
緑はカクテルを手に取る。
「それじゃ、かんぱーい」
「かんぱい」
グラスが触れる音がする。
ケイは、一口、カクテルを飲む。
緑もカクテルを飲む。
甘いにおいのするオレンジジュース。
なぜか口に含むと苦い気がする。
不思議なジュースを飲んでいる感覚だ。
緑は一口飲んで、テーブルにグラスを置いた。
口の中が、奇妙な感覚に陥っている。
ケイが面白そうに、それを見ている。
「変な顔してる」
ケイはニヤニヤと笑う。
「不思議な感じです。ジュースのようなそうでないような」
「カクテルだよ。ビールからじゃ、苦いと思ってさ」
「うーむ」
緑はカクテルをにらむ。
「なかなか手ごわい」
なんとなく、つぶやいてみる。
「一杯目からそんなこと言うもんじゃないよ。どんどん飲むんだから」
「どんどん?」
「そう、どんどん」
「…あの、お手柔らかに…」
緑が情けなく言うと、ケイは笑った。
「弱虫風間」
「なんとでも言ってください」
緑はそういい、カクテルを口にする。
まだ慣れない味。
ウォッカとオレンジジュースの味。
このウォッカはスミノフだろうかとおぼろげに考える。
「お待たせしました」
「お、きたきた」
酒のつまみとなるようなものが、いくつか運ばれてくる。
先ほどケイが頼んだものらしい。
「あと、キール、一つ」
「かしこまりました」
店員が伝票に記していく。
「キール?」
「うん、もう飲んじゃったから、次」
「え?」
見ればケイのグラスは、氷しか残っていない。
「さ、食べて飲んで、楽しく過ごそう」
緑は軽くため息をついて、
記憶に引っかかるスクリュードライバーをゆっくり飲んだ。