真夜中の迎え
しばらく二人は月を見上げる。
そして、どちらともなく帰路についた。
ケイはタクシーに乗るらしい。
タクシー乗り場に向かった。
緑はケイがタクシーに乗るまでエスコートして、
見送った。
ケイは手をひらひら振って、帰って行った。
緑はバスに乗る。
駅のバス乗り場から、緑の家の近くまで。
それなりの時間がして、バスに無事乗った。
駅の明かりがあちこちに見える。
駅ビルの明かりや、車の行きかう明かり。
それらがどんどん通り過ぎていく。
緑は思い返す。
「明日も、かぁ…」
何をしたらいいだろう。
遠出は出来ない。
どうしたものだろう。
ケイの意図もよくわからない。
緑はバスの窓に頭をあずける。
明日、終わるんだろうか。
気に入らなかったよ、バイバイとか。
もしかして、明日、とっておきとやらを見せてくれるんだろうか。
それはとても都合のいいことと、緑は自分で否定した。
酒の残りの酔いか、
気持ちが安定しない。
大好きならば、恋人だろうか。
いとおしいと感じたことを、伝えられただろうか。
「多分、伝えられてないなぁ…」
緑はよくわからないなりに、この一日を反芻した。
多分、デートといっても、
正式に恋人じゃない気がした。
「やっぱり、それなりの手順ってあるよね」
緑はぼんやりとそう思う。
そして、正式に恋人になるか。
そういうのは、明日決まるのだろう。
酔って大好きといっても、きっと伝わっていない。
正々堂々、天然でも馬鹿でも何でもいい。
いとおしいこと、大好きなこと、全部伝えなくちゃ。
「迷惑かなぁ…」
ポツリと弱音が出る。
バスはいつの間にか、緑の家の近所まで来ていた。
緑は、気がつき、あわててボタンを押した。
ちょっと郊外の住宅地。
夜のそこを緑はてくてく歩く。
月が明るい。
ケイもこの空を見ているだろうか。
やがて緑は家に帰ってきた。
「ただいま」
玄関を開けて、いつものように声をかける。
「お帰りなさい」
陽子が台所から答えたらしい。
一応台所に顔を出す。
「食べてきたの?」
「うん。居酒屋で」
「彼女とはうまくいったの?」
「まだ正式に彼女じゃないよ」
「あらまぁ」
陽子は笑った。
「そう思ってるの、緑だけかもしれないわよ」
「わかんないよそんなの」
緑は抗議した。
陽子は微笑む。
「とにかく、彼女を大事にしてあげてね」
「まだ彼女じゃないのに…」
「でも、きっと、大好きなんでしょ?」
緑は黙る。
それが何よりの証だ。
「応援してるわよ」
陽子はにっこり笑った。
緑は苦笑いすると、台所をあとにした。
智樹はもう寝ているらしい。
智樹が酒を飲んでいなくて起きているときにでも、
何か言葉を交わしたいと思った。
誰か大人の男の助言がほしい気がした。
陽子という、伴侶を持った智樹なら、何かいいアドバイスがあるかとも思った。
困ったときの智樹頼みだろうか。
都合のいいこと考えているなと緑は思った。
緑は部屋に戻ってくる。
本を少し読み、パソコンを起動させる。
酔いはずいぶんさめた。
ウイルスチェックのスキャンをさせながら、シャワーを浴びてくる。
その頃には、スキャンが終わっている。
改めてパソコンに向かい、
適当にネット上のニュースを見る。
何もかもが遠くのことのように感じる。
ネットを通して、近くなっているというのに。
女心を知るためのサイトも回った。
意味不明、不可解。
わかれってほうが無茶だろうとも思った。
緑が男だからかもしれない。
ケイは今、何をしているだろう。
サイトを見るたび、ケイならどう反応するだろうか。
そんなことを考えた。
そして、真夜中。
緑はいつものように、OSをシャットダウンして、電源を切る。
「おい」
いつもの声。
ネフロスだ。
「はい」
緑はタムに変わる。
「行くぞ」
「はい」
緑色のジャケットをまとったタムは、椅子から下りると、扉をくぐった。