そんなのってない
扉をくぐると、いつものように、そこはタムの部屋だ。
タムは扉を閉めた。
新設の歯車を回そうとしたが…やめにした。
ネフロスが怪訝な顔をして見ている。
「もう、降ろしっぱなしでもいいかと思って」
「そうか」
ネフロスはそれ以上追求しなかった。
そのかわり、ネフロスは外を示す。
「わかるか?太陽がおかしいんだ」
タムは窓に駆け寄り、外を見る。
太陽が、赤みがかっている。
朝焼けでも夕焼けでもなく、ぼんやりした太陽が、妙に赤い。
「アイビーに言わせれば、時が来たってことらしい」
「時が…」
「アイビーのところに行こう。情報が更新されてるかもしれないな」
「はい」
部屋の扉を開き、廊下に出る。
丁度、左隣の扉も開いた。
「あ、ネフロス」
扉から出てきたのは、パキラとベアーグラスだ。
「やっぱり、アイビーのところ?」
ネフロスはうなずいた。
パキラもうなずき返した。
「アイビーは嫌がるかもしれないけど、やっぱりアイビーはリーダーだよ」
「アイビーは、一人のグラスルーツ管理人でいたいと言っていた。それでいいんじゃないか?」
「それでも、あたしたちのリーダーさ」
パキラとネフロスが軽く会話をしている。
二人は歩き出した。
その二人を追って、タムとベアーグラスが歩き出す。
「おはよう」
「おはようございます」
それから会話が続かない。
何から話していいか。
何を話すべきなのか。
世界をつなぐ意思と、世界の女神になるという彼女と。
タムは、衝動的に、ベアーグラスの手を握った。
強く。
「…いたい」
ベアーグラスが抗議しても、タムは離さなかった。
「ベアーグラスさんを守りたいんです。この手は離しません」
タムはずんずん歩く。
ベアーグラス引っ張るように。
ベアーグラスが、タムの手を握り返す。
強くお互いの手を握りながら、エリクシルのアジトの中を歩く。
おおよそ3階から、おおよそ1階に下りてくる。
二人で歩くアジト。
先にたって、ネフロスとパキラもいる。
からからから…
ごとーんごとーん…
ひょおひょお…
ギミックの音に混じって、風の音が聞こえる。
名前がないから伝わらないが、危険危険といっているように感じた。
グラスルーツ管理室の扉をノックする。
「どうぞ」
静かな声が答える。
扉を開き、中に入る。
アイビーが、プミラが、アスパラガスが、ポトスが、クロが、
みんないた。
全員そろったことを確認して、扉を閉める。
「ポトスに最後のおつかいに行ってもらいました。オリヅルランさんからの最後の品です」
ポトスが命の水取引商の荷を解く。
色とりどりの銃弾。
おのおのの銃弾をみな、手に取る。
「タムの分は、その銃弾です。偽弾はありません」
タムはうなずいた。
一回しか使えないのだ。
「サボテン治療屋からの報告です。現在、少数の火恵の民が襲撃とのこと」
「病人はどうなってる?」
ネフロスが情報の続きを求めると、
アイビーは続けた。
「ポリシャス町長が、現在病人の運び出しに当たっています」
「町長は大丈夫なの?」
「人員はそれなりにいるようです」
「逃げ遅れたり動けなかったりしたら?」
「病人のデータは、グラスルーツに記憶を残しています。データを元に、再生できるように」
「ベアーグラスのやった、あれね」
パキラが納得すると、アイビーはうなずいた。
「そして…火恵の民が起こすこと、ユッカの身体を使うこと。そうですね、タム」
タムはうなずいた。
覗き見た計画。
「ユッカの身体に複数の火恵の民を降ろし、怪物にすると…」
タムがそう言うと、アイビーも、うなずく。
「おそらくは、サボテン治療屋を空っぽにして、ユッカの身体を探すつもりでしょう」
「病人がいるのに…」
「相手はこの雨恵の町を、最初から壊そうとしています。些細なことなのでしょう」
「そんなのって、ないよ」
タムは心底そう思った。
そんなのってない。
一つになろうとしているとかじゃなくて…
雨恵の町を壊されたくなかった。