意思の抜け殻
タムは思う。
この雨恵の町を壊されたくないと。
アイビーは、その心を見たように、うなずく。
「無論、みすみすやられるわけではありません…そうですね、ユッカ」
アイビーが呼びかけた。
空中に向かって。
グラスルーツ管理室に、風が吹く。
風は皆の周りを回って、姿なき輪郭を持たせる。
『久しぶりに呼んでくれたわね、アイビー』
「いつもここにいましたね」
『情報がいっぱいあって楽しいんだもの』
アイビーはうなずいた。
「この風が、ユッカ。身体を捨てた、意識の風です」
『やぁ、みんなのことはよく知ってるよ』
ユッカはよく通る女性の声で話す。
「現在ユッカは、エリクシルのアジトの意識体になっています」
『グラスルーツ通して、いろいろな情報に接続してる』
「ユッカは身体があった頃は、世界をつなげる資質を持っていた」
『でも、いらないから捨てたんだ。よければ、この身体使ってね、と』
「それがどうやら、チャメドレアが誤解して食いついた」
『カレックスがそれとわかってて吹聴したのかもね』
「それでは…どうしましょうか、ユッカ?」
『アイビーは物騒なこと考えてるでしょ?』
アイビーが微笑んだ。
静かに、不敵に。
「皆さん、銃弾は持ちましたね」
皆がうなずく。
タムもうなずく。
「ユッカ、帰れる身体がなくなるのは?」
『怖くないよ。エリクシルのアジトが、あたしの身体だから』
「了解しました」
アイビーが静かに言葉をつむぐ。
「火恵の民と、全面的に戦わせていただきましょう」
メンバー一同、強くうなずく。
ユッカがグラスルーツから情報を得ているらしい。
『治療屋の避難は終わったそうだよ』
「では、本格的に家捜しになるのでしょう。ほめられたことでは、ありませんけれどね」
『やり方低俗』
「おおむね同意です」
ユッカは皆の周りをめぐった。
『あたしの抜け殻が、襲ってくると思う。恐れないで、戦って』
タムは、宙を見る。
ユッカのことなど見えない。
「ユッカさんは、どうして世界をつなぐ資質が?」
そんなことを知らずに問いかけていた。
ユッカは静かに吹いた。
『憧れとか、後悔とか、未知に対する好奇心とか…そういうことからじゃないかなぁ…』
ユッカはギミックの上を吹く。
『あたしも、よくわからないんだ。けれど』
「けれど?」
『あたしの身体の中には、あたしという感情や感覚や、いろいろな思いが、はちきれんばかりにあった』
「はちきれんばかりに…」
『結果だけど、あたしは身体を捨てて、グラスルーツもめぐれる風になった』
「満足ですか?」
『あたしは満足してる。多分、幸せってこういうことじゃないかと思う』
ユッカはタムに向かって吹いた。
『世界をつなぐ資質、意思は、今、タム、君にある』
「はい」
『世界が一つになる、そしたらあたしも、また、変われる気がする』
変幻自在の風のユッカ。
ポジティブなのは、シンゴに似ているなと思った。
「ユッカさん」
『なに?』
「シンゴをよろしくお願いします」
『シンゴ…ああ、タムの部屋の』
「はい」
『彼には彼で役割があるの。意思の疎通が出来るなら、なおさら』
「シンゴに、役割?」
『あたしとアイビーの見解が一致するなら、だけどね』
アイビーの長い髪が揺れた。
ユッカが少し乱したのだろう。
アイビーは静かに頷いた。
「見解は一致しています。いずれシンゴも役割があるはずです」
『シンゴほど、強くタムに関わった風はいない。だから、彼に役割があるはずだよ』
タムはうなずく。
そういうものなのだろう。
『あたしの身体は意思の抜け殻だけどさ』
ユッカがつぶやく。
『世界をつなげる資質を持っていたなんて、思ってもみなかったな…身体を持っていた頃は』
「ユッカさん…」
『なに?タム』
「幸せですか?」
『世界をつなぐことは痛みをともなうかもしれない。あたしはそこから逃げたかも、そう思う』
ユッカはふわりと吹いた。
『世界をつなぐ痛みを、別の痛みに変えようとするのがいる』
「…カレックス」
『影を好きにさせないで。戦ってやろうよ』
ユッカは皆を鼓舞する。
風はふわりと皆をめぐった。