怪物


彼らは、無言で歩く。
アイビーを先頭に。思い思いに続く。
町は静かだ。
扉はほとんど閉まっている。
名も無き風が時折舞う。
人通りはない。
物音もない。
空から赤みがかった太陽が、ぼんやりと照らしている。
彼らは、中央噴水広場にやってきた。
以前、ラセンイ博士が演説した広場。
タムはそんなことを思い返す。
広場に入って、清流通り二番街に…
治療屋のある二番街に向かうはずだった。
アイビーは立ち止まった。
続けて皆も立ち止まる。

人影が対峙している。
赤く照らされている、白いローブの人物。
そして、黒い火恵の民が何体かと、女性らしい人影二人。
「今の彼女にかなうと思いまして?」
ドレスの女性が高らかに話す。
この声はチャメドレアだ。
「エリクシルならば、やってくれるよ」
男とも女とも、老いてるのか若いのか、わからない声。
「オリヅルラン殿!」
ポトスが叫んだ。
白いローブの人物が、振り向いた。
表情は見えない。
「やぁ、来たようだね」
のんびりとオリヅルランは言う。
「ほら、火恵の民が敵視していた、エリクシルのメンバーが来たよ。どうするんだい?」
オリヅルランは挑発する。
策があるのだろうか?
タムは危惧する。
なんだか知らないけれど危ない。
チャメドレアの近くにいる、女性が、なんだか危ない。
あれは危険!
タムの中で警鐘がなる。
チャメドレアは、にたぁと笑った。
「皆殺しですわ」
風が泣き出す。
空気が変わる。
赤く照らされた噴水広場が、影めいてくる。

チャメドレアの隣にいた女性の身体が動き出す。
病院にあった、患者の白い服を着ている。
白衣は赤く照らされ、まがまがしく色づいている。
今の太陽よりも赤い髪、白い肌、緑の目。
いてはいけないものの気がした。
あれがきっと…
「ユッカの身体ね」
アイビーがつぶやく。
オリヅルランがうなずいた。
ユッカの身体はぎこちなく動く。
ぜんまい仕掛けの人形のように。
とす、とす、と、数歩歩く。
「やっておしまいなさい、怪物よ!」
ユッカの身体は、チャメドレアのその言葉を聞くと…崩れた。
腕が何本も現れ、めきめきめきと大きな四本の腕になる。
足は何本もが現れ、足同士の細胞が絡み合い、四本の足になる。
目が、耳が、口が、顔とも呼べないパーツが、内側からわいてくる。
ユッカの面影は瞬時に壊れた。
うぞうぞうぞと、内側からパーツがわきあがり、やがて止まった。
四つの手と、四つの足と、
大きな六つの目と、大きく開いた口。
そして細かい、人間のパーツのついた赤黒い肉色をした化け物。
何十人分もの質量があるのだろう。
ユッカの身体には、一体何人が詰め込まれたのだろう。
チャメドレアは笑っている。
高らかに笑っている。
怪物は呼吸した。
熱い呼吸だ。
だらりと怪物が舌を出した。
それだけで、タムの身長ほどある気がした。

「趣味悪いね」
オリヅルランが言い放つ。
チャメドレアは笑っている。
「悪いけどさ」
オリヅルランは、その場から動かない。
「音楽も聞いていない命に負ける気はないよ」
その言葉は、高らかに笑っていた、チャメドレアの癇に障ったらしい。
「お黙りなさい!怪物よ!あいつからやっておしまい!」
「どうかな」
怪物は…周りにいた火恵の民を、その大きな足でつぶし始めた。
オリヅルランは一歩も引かない。
その間に、治療屋を攻め落とした火恵の民は、
一体、また一体とつぶされていく。
チャメドレアは何がなんだかわかっていないらしい。
「何?何が起こっているの?」
チャメドレアは、おろおろとさまよう。
怪物は火恵の民をつぶすと、その身体を食べた。
一片のかけらも残さぬように、全て。
オリヅルランには見向きもしない。
「火恵の民の命が、道連れをほしがって理性を失っているよ」
オリヅルランが冷静にそう言う。
「そろそろそっちに矛先が行くんじゃないかな?」
オリヅルランは、チャメドレアを見た。
チャメドレアは、ひっと悲鳴を上げた。
そのあと頭を振り、そんなはずはないと言いたげに、表情を引き締める。
「怪物よ!皆殺しよ!」
チャメドレアは高らかに言い放った。


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