時間がない


覚醒したエリクシルのメンバーが走る。
赤い鞭は怪物の足を取り、
金色の剣が、大きく傷をつける。
緑の槍は、吐き出す息を風で飛ばし、
琥珀色のバトルアクスは、怪物の腕を受け止めていた。
透明の刀も戦列に加わる。
噴水から白い糸ものびる。

アイビーは祈る。
目を閉じ、指を組んで。
何かを唱えている。
何を唱えているかは聞き取れない。
それでも、タムとベアーグラスは、その時を待つ。

『ええい、何を手間取っている』
カレックスの声がする。
あせっている。
時が近いのだ。
何が起こるときかは、タムはわからない。
それでも時が近いのだ。
風が泣いているのは、その所為だと思った。

「タム、ベアーグラス…」
アイビーの静かな声がする。
「もう、あとには引けません。覚悟は出来ていますか?」
覚悟も何も、ベアーグラスと約束した以上、こうなることだったのだ。
だから、タムは答える。
「はい、覚悟は出来ています」
と。
「私も出来ています。アイビー」
ベアーグラスも答える。
アイビーは満足そうにうなずいた。
「私たちは進むだけ。痛みはつきもの、そう考えています」
アイビーの言葉に、タムがうなずく。ベアーグラスもうなずく。
「どうか、世界を頼みます」
アイビーはいつもの静かな調子で、頼んだ。
「はい」
タムは、一言だけ答えた。

アイビーが目を開いた。
そして、銃弾を取り出す。
いくつもいくつも。
「ジン、ウォッカ、ホワイトラム、テキーラ…」
4つ銃弾を右の指に挟む。そして、続ける。
「…ホワイトキュラソー、シロップ、レモン、コーラ」
4つ銃弾と偽弾を左の指に挟める。
両の手に銃弾と偽弾。
アイビーは確認すると、全てを口に投げ込んだ。
がりりと全て噛み砕く。
そして叫ぶ。
「ともに現れよ!ロングアイランド・アイスティー!」
アイビーが覚醒する。
腰まである長い髪が、緑色に揺れている。
目はみたこともないほど鮮やかな緑色に染まっている。
そして…唸りがする。
雨恵の町がうなっている。
アイビーは、手を上に上げた。
そこに集まる、輝き。
輝きは町のあちこちから集まってきている。
輝きは、町をつなぐ鎖の姿をとる。
いまや町中が、鎖を発している。
その鎖は、アイビーの手の中にある。
「火恵の民を縛れ!わが雨恵の町のグラスルーツよ!」
アイビーが叫んだ。
輝く鎖がうねった。
のび、うねり、怪物を絡め取る。
蜘蛛の巣…いや、この鎖は草の根なのだ。
いくつもの草の根が絡みついている。
今まで雨恵の町のネットワークだった草の根だ。
通信をし、記憶を残し、皆をつないでいた、
そんな鎖なのだ。

『何をしている!そんな鎖など引きちぎってしまえ!』
カレックスの声が響く。
『時間がないのだ!早く!』
カレックスはあせっている。

世界は徐々に赤みを増している。
ぼんやりした太陽が、少しだけ、ゆがんで見える。
赤い太陽だ。

「時間が無いのよ」
ベアーグラスがつぶやいた。
「私だからわかる。女神になるらしいからわかる。時間がもうないの」
タムはベアーグラスを見る。
ベアーグラスはうなずいた。
「カレックスは…選ばれたかったの。タムに、次の女神と。だけどタムは私を選んだ」

輝く鎖は怪物を絡めとり、
カレックスのあせりだけが、こだまする。

「みんな時間がないの」
ベアーグラスが、また、つぶやく。
「覚醒したら、もう、戻れない」
「戻れない?」
タムが聞き返す。
「そう、戻れない。覚醒して、戦うだけしか出来ない」
ベアーグラスは淡々と告げる。
「じゃあ、どうすれば…」
タムの疑問に、ベアーグラスが答える。
「もうすぐ空にひずみが出来る。そこに私を連れて行って」
「ひずみ…」
「タムの意思と、最後の銃弾があれば出来る」
「僕の、意思」
「そのひずみで私を女神にして。そうすれば雨恵の町がつながる」
タムはうなずく。

ベアーグラスの黒い目は、何かを覚悟したように凛としていた。


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