上昇気流と後悔
上昇気流から、意思を感じる。
迷っているような感覚。
道に迷った様な感覚かもしれない。
タムは導くように羽ばたく。
あの場所に向かって。
エバと共に見た、錆色の町に向かって。
『タム』
意思の一つがタムに呼びかける。
タムは羽ばたきを止めずに、意思に答えようとした。
「誰だい?」
『スミノフ。異端の火恵の民の、スミノフ』
「ああ…」
スミノフという名前の、異端の火恵の民。
タムやベアーグラスと、ともに戦った命にもいた。
名前がわかるから、風と会話が出来るように、
今、意思と会話できるのかもしれない。
『雨恵の町に、火恵の民はいなくなったよ』
「そうか…みんないなくなったんだね」
『異端の火恵の民も、怪物も、みんなこの流れるの中にいる』
「帰ろう、錆色の町へ」
『僕らはそれでいいけれど、君はそれでいいのかい?』
「どうして?」
『君はあの場所に、彼女を置いてきてしまった』
「また見つければいいじゃないか」
『見つかると思っているのかい?』
タムは、不意に、何かが崩れるような感覚を持った。
何も崩れていない。
ただ、感覚。
今までのように羽ばたいているのに、タムの中の何かが崩れた。
『彼女は影を抱えて、独りぼっちになってしまった』
「スミノフ、君にはわかるのかい?」
『彼女は君の意思を守りたかった。世界を一つにする意思を』
「世界が一つになったとき、また見つければいいと…」
『世界が一つになるまで、あの空間で一人、そして…』
「そして?」
『世界が一つになっても、次元が違う存在になっているかもしれない』
「次元が?」
『そう、彼女は雨恵の町の女神になって、そのまま、世界を一つにしたら…』
「雨恵の町の人が見つかったとして、そこに彼女は…」
『いないかもしれない』
ベアーグラスは、見つからないかもしれない。
タムを、激しい後悔が襲ってきた。
ベアーグラスはわかっていたのだ。
タムがベアーグラスを選び、女神になるとされたときから、ずっと。
独りぼっちになることをわかっていたのだ。
もう引き返せない。
上昇気流は錆色の町を目指す。
「ベアーグラス!」
届かぬ声を張り上げる。
「きっと、きっと見つける!」
届かない声は、涙声に変わる。
「君が神様になっていても、何になっていても!」
悔しさの涙がぼろぼろこぼれる。
「きっと見つける!」
叫ぶ。張り裂けんばかりの心で。
上昇気流をタムは導く。
いつしかそこは、クロックワークの狭間に来ていた。
錆色の町まであと少し。
タムは羽ばたく。
ベアーグラスを思い出しながら。
白い髪、長くてきれいで。
白いワンピースには、緑のラインが入っている。
そして、凛とした目は黒。宝石のように。
細い腕、その手で大鎌を使った。
笑い、泣き、ともに手をつないだりした。
裏側の世界の、普通の少女。
それが今は独りぼっちで…
世界がつながるまで、太陽で雨恵の町を照らしている。
何であの手を離してしまったんだろう。
あまりにもさびしいじゃないか。
気の利いた言葉も言えたんじゃないか。
もっともっと、彼女に何かしてあげられなかったか!
タムの後悔は、羽ばたきに出る。
強く、羽ばたく。
己の後悔と怒りを、力に変えて、羽ばたく。
上昇気流より速く、タムはクロックワークの狭間を行く。
『ベアーグラスはわかっていたんだ』
先ほどのスミノフが声をかける。
『一人になることをわかっていたんだ』
「どうして…」
『タム、君を守りたかった、それだけでベアーグラスは動いていたんだ』
「どうして…どうして…」
『ベアーグラスにとって、タムは唯一だったんだ。ただ一人、いとおしい存在だったんだ』
「いとおしい」
タムはその感覚を知っている。
『一緒に戦ったからわかるよ』
「スミノフ…」
『さぁ、錆色の町の火球に出るんだ。そこからみんな蒸留されて生まれる』
タムは…錆色の町という概念に突っ込んだ。
意思の気流があとからあとから突っ込んだ。