静かな傍観者
彼女は屋上に来ていた。
屋上に来ると、町が一望できる。
この時代の普通の町。
質素倹約を美徳とし、
散財を悪徳とする町。
「ビブさん」
声がかけられ、ビブは振り返る。
そこには、友人のワガの姿がある。
「また病室抜け出したの?」
ワガは心配そうにたずねる。
「ここに来ると、いい気持ちになるんです」
ビブは答える。
嘘は言っていない。
「でも、ちゃんと療養しないと治らないよ」
「少し不健康なだけで、大げさですね」
ビブは微笑む。
少しだけ不健康気味で、
何かを悟ったような微笑。
「世の中が変わろうとしていますね」
ビブはまた、町に目をやる。
「わかるの?」
ワガはたずねる。
「新聞もテレビも見ないですけど、わかります」
「どうやって?」
「屋上から見ていると、流れているのがわかるんです」
「流れ?」
「なんだろう、町に流れが戻ってきています」
ビブは感じたままを言う。
あの流れは一体何なのだろう。
ワガに聞いてもわからない気がしたし、
ビブは傍観者でいたいと思った。
病院の屋上から、
じっと見つめる傍観者。
それが似合っていると、ビブは思った。
「ビブさん」
ワガが声をかける。
「なんでしょう?」
ビブは振り返る。
「正義ってなんだと思う?」
ワガはたずねる。
「正義…信じるそれが強いかどうか、だけですね」
「強さ、なのかな」
ビブはうなずく。
「正義は強いものでなくてはいけないです」
「うん…」
ワガは何か決意する。
傍観者のビブの立場から見れば、
正義とは、生き残ったほうに他ならない。
歴史が正義と定義づけてくれる。
それだけだ。
ワガが何の意図を持って質問したかはわからないし、
友人ではあるけれども、
ビブはそこに立ち入らないことにした。
屋上から見る景色に、
流れがかぶさって見える。
正義がこの流れを作っているんだろうか。
何でもいいよとビブは思う。
ただ、心配して見舞ってくれる友人がいて、
それは、何より価値があるものと思った。
金よりも正義よりも、
友人は大事だと、いまさら思った。