マスターの不在
「それでさ、マスターどこにいったの?」
いつもの飯店。
今日はサンザイングリーンのアズが来ている。
アズは面白い話を仕入れたのだが、
肝心のマスター・サンダーがおらず、
アズは冒頭のように言い出した。
留守番を負かされているエノは、
簡単な軽食を作ったり、飲み物を出したりしているが、
サンダーがどこにいったかはさっぱりだ。
「私にもさっぱりです。ただ…」
「ただ?」
「ちょっと前の夜に妙な小包が来て…」
「あー、それ、最近流行の詐欺じゃない?」
「やっぱりそう思いますか?」
「金がらみで騙すなんてひどいわよね」
エノはとりあえず、賢者が云々の話は伏せておくことにした。
突風とともに去っていった老人、賢者といっていたが、
それすら騙しているのかもしれないし、
エノは軽く、何を信じていいのか、わからない感覚になる。
本当に軽いその感覚の中、
何かがよぎっていった気がする。
ぱん!
突然の音に、
エノは目を見開く。
アズは、エノの目の前で両手を合わせていて、
「これでも反応無かったらどうしようかと思ってた」
と、ぼやく。
「なんか、変な目をしているんだもの、エノさん」
「すみません、ちょっと考え事をしていて」
「いいけどさぁ、気をつけたほうがいいわよ」
「気をつける?」
「何も信じないって目をしてたような気がする」
アズは真顔になって言う。
普段はネタに目のない、アズではあるが、
物事の本質を見抜く力は強い。
エノは、かなわないなと思う。
曲芸をするように心がまっすぐなアズ。
どうかそのままでいて欲しいと、エノは願う。
アズは微笑んだ。
「よかった、いつものエノさんが戻ってきた」
エノも微笑み返す。
「やっぱり、サンザインだからなんでしょうね」
「うん?」
「助けてくれるのは、いつだってヒーローです」
「いいね、それも」
アズは得意げになる。
「それにしても、マスターどこまでいったのかしら」
アズが飲み物をもてあそぼうとすると、
飯店の入り口が開く。
エノが気がつき、
「いらっ…あ、マスター」
サンダーはいつもと変わらぬ様子で、
「ただいま。何か変わったことは?」
「…いえ、特に何も…」
「それならいいんだ。じゃ、カウンターかわるよ」
サンダーは身支度を整える。
サンダーは何をしていたのかをいわない。
エノはそれが不満でもあったが、
サンダーの機嫌のよさに、黙ることにした。