一流の値段
「いくら出すの?」
チャイナ職人のリカは、問う。
「製作できるだけ、ありがたいと…」
相手はそんなことを言い出してきた。
リカはうんざりする。
名前もろくに覚えていない相手に、
この腕を振るう義理はない。
リカは自分の職人としての腕を信じている。
だから、半端な仕事は請けたくないし、
それ相応の見返りがあるべきだと思う。
「一針五十万から」
「ひ、ひとはり?」
相手はそれだけ言うと絶句した。
「そう、それだけの価値はあると思ってるの」
「この話を断ろうというのか?」
「断るも何も、あたしの相場を出しただけよ」
リカは美しいまなざしで相手を見据えて、
「金がなかったらとっとと出て行きなさい」
啖呵をきる。
名前も結局覚えていない相手は、
すごすごとリカの店を出て行った。
かわりに入ってきたのは、
豚の着ぐるみだ。
豚はリカのチャイナを涼しげに着こなしている。
「かっこいいぶぅ」
聞き覚えのある声。
それに、豚の着ぐるみにチャイナドレスを着るのは、
リカの思うところ、一人しかいない。
「アズさん」
「相変わらずふっかけるね」
「それだけの腕があると思ってるの」
「かっこいいぶぅ」
アズ豚はうれしそうにぶぅと言ってみせる。
「あら」
アズが何かに気がつく。
「うん?」
「名刺?さっきの人の?」
「ああ、置いてったのね」
リカは一瞥もくれずに捨てようとする。
アズが豚の手で、すっとそれを奪う。
「ふんふんなになに?どこのだれかな?」
「アズさんいつのまに」
「サンザインをなめるんじゃありませーん」
アズはおどけたあと、名刺をしげしげと見る。
「あー、これは断って正解だわ」
「ふぅん?」
「これ、デザイナーを騙して、デザイン盗んでいるとこ」
「へぇ、なんか嫌なやつだとは思った」
「リカさんのそういう直感は間違いないのよね」
リカは微笑む。
そして、
「まぁ、嫌な奴はわかるのよ」
「嫌な奴、かぁ」
アズ豚は鼻を鳴らす。
「そういえば。この前、飯店のマスターが来たんだけど」
「おや、何しに?」
「何しにかは秘密にしてって言われたの、ごめんね」
「ぶぅ」
アズは不満げに鼻を鳴らす。
リカはきれいな顔にいたずらっぽい微笑を乗せてみせた。