不健康人の望み


ビブは病院にやってきていた。
しばらく前までビブは入院をしていて、
今は一応退院という形で、自宅療養中である。
それでも定期的にみてもらわないといけない。
今日はその定期的な日だ。
(不健康って厄介だな…)
ビブはちょっとだけ、ため息をつく。
待合室に元気はつらつな人がいるわけでない。
ここは病院だから当然だが、
病んでいる人を見ると、滅入ってくる。
自分もそうなのだと思うと、余計に滅入る。

お金で健康を買えたら。
そんなことをビブは考える。
買うほどの財力が裏打ちされているわけでないけれど、
ただ、退屈な待合室で、なんとなく考える。
サプリメントでも薬でもなく、
心身の健全な健康というやつ。
そういうのがお金で買えたらどうなるだろうか。

(くだらないなぁ…)
ビブは心で自嘲する。
お金で突然健康になれる。
そんなことを言い出したやつはきっと詐欺師だと、
ビブはそこだけ確信する。

ビブは滅入る待合室をもう一度見回す。
お知らせ板のところに、
先ほどいなかった男がいることに気がついた。
長身の黒ずくめの男は、
ポスターを貼っているようだ。
ビブはちょっとだけ興味を持った。
男が不健康そうに見えなかったということもある。

男が貼っていたのは、
健康にために中国武術をいかがですかという趣旨のポスターだ。
ビブは不思議なものを見る目でポスターを見る。
中国武術がよくわからないけれど、
健康のためとはどういうことだろう、体操だろうか。
「うん?興味あるの?」
男がビブに気がつき、尋ねる。
「よくわからないです。健康になれるんですか?」
ビブは直球で尋ねる。
男は困った顔をした。
「結局は武術だからな、身体を鍛えることにはなる」
「中国の、気とか言うのですか?」
「アレは俺もわからない」
男は笑った。
「武術ってのは、もっと現実的なもんだよ」
「現実的…ですか」
「気の流れですべてがよくなるなんてのは、詐欺だ」
男の言うことには奇妙な説得力がある。
それは、男が納得したことだけをちゃんと話しているからだろうと、
ビブはそんなことを思う。

「よければ見学においで」
「あ、はい…あの」
名前を聞いていないことにここでビブは思い当たる。
男も察したらしい。
「俺はリュウジ」
「私はビブといいます」
「じゃあ、よければでいいから」

リュウジは受付に挨拶して病院を後にし、
ビブはポスターの日時を確認した。
望みは健康だけども、この縁も大事にしたいと思った。


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