信頼の音
ショーヤは楽器を見ている。
ショーヤは、ドラゴンという裏金転がしの頭だ。
今、彼は一人で、組織の自室にいる。
そして、楽器を見ている。
裏金転がしの報酬か何かか、
とにかく、楽器が転がり込んできた。
売り飛ばそうという連中をちょっと黙らせて、
ショーヤは楽器を引き取った。
金の問題でなく、ただ、
この楽器は楽器として機能していない。
ショーヤはそれを見抜いた。
裏組織の頭としては珍しく、
ショーヤには音楽の趣味と才能がある。
楽器もそうだが、声だって出る。
こんな立場でなかったら、音楽の職に…と、
思ったこともないわけではない。
そうできないという事情は、誰しもある。
それは、諦め。
望みどおりになれないという諦め。
望みどおりになれますと言ってきたら、
ショーヤはそれを、まず信じないだろう。
騙す奴ってのは、そういうことを言ってくるものだ。
そして、変な目をしている。
ショーヤは言葉を思いつかないが、
とにかく、騙そうと考えている奴は、
みんなおかしな目をしている。
ショーヤは楽器に向き直る。
音を出してみるが、音色として機能していない。
(こいつは…信じていないな)
ショーヤはわかる。
人を信じていない音だ。
感じる限り不信感というものが音にこもっている。
いろいろあったんだろう、この楽器の周りで。
楽器は手入れされている。
でも、楽器の心が決定的に閉ざされている。
人の心を動かせない楽器。
それはなんて空虚なものだろう。
この楽器はすべてを諦めているのかもしれない。
楽器であろうとすることもすべて。
ショーヤはなんとなくわかる。
ほっといてくれと、楽器が言っているような気さえする。
売ればそれなりの値段になるかもしれない。
けれどそれは騙す行為だ。
裏金転がしのショーヤが思うべきことではないが、
この楽器に関しては、騙したくないとショーヤは強く思う。
いくら金をかけても、
この楽器の心は開かれないだろう。
けれど、ショーヤにはある程度の時間がある。
(信頼を勝ち取る、かな)
この楽器の音が聞きたい。
どんな音色で語りかけるのかを聞きたい。
信じる音を聞きたい。
諦めるにはいろいろ早い。
音楽の道を諦めかけているショーヤは、
楽器にそう語りかけた。