色のない世界
彼女には記憶がない。
今まで生きてきたようでもあるし、
また、生まれたばかりなのかもしれない。
ただ、その頭に大きなネジが貫通していて、
彼女は便宜上ネジと名乗っている。
彼女は、名前のわからない老人からもらったものを、
ポケットにしまいこむ。
それは小さなものだ。
それは…何色だったのかさえ、彼女は忘れる。
何に使うのかもわからない。
ネジはお屋敷の一室に住んでいる。
なんとかかんとかという人が、屋敷の主人と、
誰とかという人が言っていっていた。
つまりネジは何もわからない。
不安はないけれど、ぼんやりとはしている。
部屋のドアがノックされる。
「はい」
「ネジさん、グリフォンだよ。入っていい?」
「どうぞ」
バカ正直に名乗るのは、
ネジが忘れんぼうだと知っているからなのかもしれない。
グリフォンと名乗る女性が、ドアを開けて入ってくる。
少々ぎこちなく歩く。
「これでも、予想以上に調子いいんだ」
ネジは首をかしげる。
「シッソケンヤーク様が、機械の身体に意識をうつしてくれたんだ」
「意識…?」
「うん、ただ、全部が成功したわけじゃないんだって言ってた」
ネジはよくわからない。
グリフォンも、かいつまんで説明しようとつとめる。
「うんとね、意識をわけるってのは、大変なんだ」
「うん」
「俺の意識をわけるときに、俺じゃない俺が発生したって」
「発生?」
グリフォンはうなずく。
「どこで何をしているかわからないけど、他人だけど俺がいるんだ」
「ふぅん…」
「で、シッソケンヤーク様も存在が分かれちゃってさ」
「うん?」
「その片割れがネジさんらしいんだ」
「ふぅん…」
ネジはよくわからない。
その、シッソケンヤークというのが、
ネジの片割れというか、もともとは一人であったらしい。
「ネジさんには世界がどんな風に見える?」
「世界?」
「シッソケンヤーク様は言ってた。透明な世界に見えると」
「とうめいなせかい」
ネジは透明な世界というのを、ちょっとわかる気がする。
まだ色彩を持たない世界。
何色にも染まっていない世界。
ネジの意識に色彩。
それは、老人がネジに託していったもの。
「あ、シッソケンヤーク様」
ドアに人影。
世界が透明に見える人。
一人ではその世界はさびしかろう。
二人ならさびしくない。
ネジはまだ何も知らない。