眼鏡の心


色眼鏡という言葉がある。
それはあまりいい意味で使われないなと、ハルカは思う。
眼鏡をかけるということ。
それは、その人の視界のゆがみを矯正することだと、
しいては目にやってくる世界を正すことだと、
ハルカは思っている。
色眼鏡で物を見るとは言う。
でも、色がないと見えない人だっている。
「何が正しいんだろうなぁ…」
ハルカはため息をついた。

ハルカは眼鏡職人の講師をしている。
様々の眼鏡を通して、
物づくりの基本を教えている。
物づくりの楽しさを。
基礎のものを作ってからの多様性を。
教えられたら、と、思っている。

最近、安易な眼鏡が横行しているという。
それこそひどい言い方だと、
色眼鏡で物を言っているのかもしれないが、
視界を守らない眼鏡があるという。
作る楽しさのない眼鏡、その上、
見える基準の世界すら、見えない眼鏡。
何のための眼鏡だと、ハルカは思う。
誰も得しないじゃないか。

ハルカは製作中の眼鏡を見ながら、
少し、むなしい感じを覚える。
製作の楽しさ、身に着けてもらう喜び、
そして、視界を守るヒーローになれているかもしれない感じ。
それが嘘なのではないかと。
少し前、名前も知らないヒーローが守った世界で、
ハルカもまた、名前も知られないヒーローでありたいのだけれど。
…だけれど、心をこめた眼鏡は、ちゃんと届くのだろうか。
信頼の置ける眼鏡だと、ちゃんと届いているだろうか。
届いていなかったら…これはすべて無駄なことになるし、
ヒーローも何もない、ひどい道化だ。

ハルカは何度目ともつかないため息をつく。
「何が正しいんだろうなぁ…」
堂々巡りだという自覚はある。
安いコピー眼鏡に手を出す人が最近いると聞く。
それも考えると、職人の眼鏡というものは、
一体何の価値があるのだろうかと。
何度も考えてしまう。
自分の腕すら疑ってしまう。
何を信じたらいいのだろう。
時々製作の手が止まる。

「郵便です」
郵便屋がハルカに手紙を届ける。
「ご苦労様」
ハルカは一言答え、手紙を見る。
思いついたから筆を取ったという、元生徒の手紙だ。
特別なことが書いてあるわけでない。
ただ、疑うことなき技術と心の流れ。
ハルカから伝えられたそれが、今でも生きていると感じた。

ハルカは手紙をたたみ、伸びをする。
「よし」
心はきっと伝わる。
職人だからこそ、できると信じよう。


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