大食いの男
「老人がばらまいているって、知ってるかい?」
ヨシロクは切り出すが、
「もが?」
目の前でカツカレーを食べているグリグリは、
聞いていないようだ。
ヨシロクもいい加減慣れたが、
「老人が種をばらまいているって噂だよ」
「たね?」
「疑いの種だよ」
「そんなことより、カツカレーおいしいねー」
ヨシロクは人形のような顔に苦笑いを浮かべる。
「平和だね、グリグリさん」
「おいしいっていいことだよ」
グリグリはそういうと、また、食べることに夢中になる。
「グリグリさんは疑うって、そもそもわかるのかな」
ヨシロクは問いかけてみる。
「よくわかんない。でも、おいしいっていいね」
グリグリは笑う。
ヨシロクはそんなグリグリにも、もう慣れた。
食べることしか考えていないグリグリ。
多分彼は、不完全な存在なのだ。
もとはひとつであったものから、
食欲だけが分かれてグリグリになったに違いない。
ヨシロクはそう思う。
だから疑うも信じるも何もわからない。
明るく大きな身体のグリグリは、
わかる人が見れば、少し悲しい存在なのかもしれない。
「それで老人が何だっけ?」
「うん、疑いの種をまいている」
「ふーん」
グリグリは食べ物の話でないのでそれ以上問わない。
「…あのさ」
「なーに、ヨシロクさん」
「俺が嘘言っているとか疑わないのかな、いつものことだけど」
「ヨシロクさん嘘言ってるの?」
「うーん、噂ってそういうものだと思うんだけどな」
「嘘なら嘘でいいよー」
ヨシロクは軽くため息。
「おかしな老人がいないってことなら、それでもいいと思うー」
グリグリは大きな声で間延びして答える。
「そういう考え方もあるのか」
「うん、そーゆーことだとおもう」
「グリグリさんの考え方は、勉強になるよ」
「えー?」
「飲み物とって来るよ、待ってて」
「うん」
グリグリは平らげたカレー皿の前で、考える。
おかしな老人とやら。
ヨシロクはその話を疑わないのかという。
(うーんと)
(疑うってどうやるんだろう)
(疑いの種があればいいのかな)
(むずかしいね)
「大食いのグリグリさんというのは、あなたかな」
老人の声がかけられる。
グリグリは振り返る。
「なに?」
「渡すものがあるのです」
「うん?」
グリグリに託されるもの。
グリグリはまだ、自分の立場を理解していない。