何も知らない


ネジはお屋敷から外に出た。
ただのお散歩というやつだ。
シッソケンヤーク(ようやく覚えた)も、
お屋敷に縛っておくような真似はしない。
ネジはいろいろよくわからないが、
ちょっと外に出ていいのなら、
それもいいかもしれない。

ポケットに何かのかけら。
老人が託していったかけら。
何色だっただろう。

人がたくさん。
ネジには何もかもが新鮮だ。
お屋敷以外の記憶もないし、
これほどたくさんの他人にすれ違うのも、
初めての経験かもしれない。

ネジは一般常識の基礎知識がそうであるように、
(シッソケンヤークが少し教えてくれた)
食堂とかレストランとかいうところに入る。
お金、ちょっと持たされたから、ある。
いろいろ不慣れなネジは、相席というものにされた。
ネジがよくわからない顔をしていると、
「ほかのお客様と一緒の席になります」
と、説明を受けた。

その席には、お皿が山盛りになっていた。
案内した店員は、お皿を下げて、
さらにデザートの注文を受けていた。
ネジは目をぱちくりとする。
相席の相手は、にーっとわらう。
「こんにちはー、グリグリって言います」
「ネジっていいます」
どこか間の抜けた自己紹介。
ただ相席になっただけだとは、
ただ偶然にしては、
お互い何かが抜けているのがよく似ている。

「今日はね、ヨシロクさんがいないんだ」
「それはどんな人?」
「うんとね、いっぱい噂を知ってるんだよ」
「ふぅん?」
「俺、なんかいろいろないらしいから」
「ネジも何かいろいろないみたいです」
「ふーん、よくいるのかな、そういうの」
「さぁ?」

似ている二人は打ち解ける。
何かが欠落しているもの同士。
ネジには多分シッソケンヤークがいて、
グリグリにも多分、誰かがいるのだろう。
誰なのかは、ネジではわからない。

デザートが運ばれてきて、
グリグリは甘いそれをほおばる。
ネジも飲み物を少し飲む。
混雑したお店で、噂が飛び交う。
サンザインがどうしたとか、
詐欺が増えたとか、
ネジもグリグリもよくわからない。

「サンザイン?」
「なんだろうね、ヨシロクさんならわかるかな」
「シッソケンヤークさんならわかるかな」
グリグリは、もぐもぐとしつつ笑う。
そして、飲み込んでから、
「俺たち何にも知らないんだね」
「本当に、何も」

何も知らない二人は、
偶然から友人となった。


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