客人


飯店の店主でサンザインブラウンだったサンダーは、
路地の行き止まりに、新しい店を構えた。
表通りを通っていてはわからない、
迷った果てでないとたどり着けないような場所。
サンダーの新しいバーはそこにある。
みんながきてくれる店もよいが、
サンダーなりにこだわりがあった。
小さくてもみんなが不思議と集う店。
隠れ家のような、そう、秘密基地のような。
一見お断りではないが、
途方にくれた迷子に扉を開く店も悪くないと思う。

先ほどヘキがやってきて、
サンダーを散々茶化して帰っていった。
いくらでも茶化すがいいさとサンダーは思う。
サンダーの心には余裕がある。
ヘキもそれをわかっているから、軽口叩いて茶化したりする。
サンダーはヨシロクの一件が終わってから、
遅めの春を経て、パートナーを得ていた。
彼女はどこかに買い物にいっているはずだ。
散財の大好きなそのパートナーの名前を、ルルという。
いまさら過ぎるのではあるが、
サンザインピンクのルルである。

サンダーは小さな店に並べられた酒瓶を拭く。
前の飯店で手伝ってくれたエノは、
何やら忙しいらしいので、店を変える際に暇を出した。
元気でやっていると言う噂は聞くが、
サンダーは少しさびしくもある。
物思いにふけるそこに、店のドアが開く。
「ここよ。ダー様ただいま」
その声はルルのもの。
「おかえり、誰かいるのかい?」
「ええ、迷っていたみたいだったから」
開かれたドアから、ルルのほかにもう一人。
どこかの国の人民服っぽいものを着た、
おじさんのような、青年ではおかしいような、
中途半端に個性的なのに、なんと判別していいかわからない。
そんな男がきょろきょろしながら入ってくる。
その目に邪さはない。
サンダーは不思議な人だなと思った。
「いらっしゃい」
「ああ、どうも」
男はものめずらしそうに、あちこちを見ている。
「この町は初めてですか?」
サンダーは訊ねる。
「いえ、ちょっといたはずなんですけど、変わっちゃいますね」
「とりあえず、おかけになってください」
「ああ、どうも」
男は椅子に腰掛ける。
サンダーは男に話題を振ろうとして気がつく。
「どなたとお呼びすればよろしいですか?」
「僕のこと?」
「はい、名無しさんではないでしょうから」
「ああ、そうですね。僕は、チンといいます」
チンは自己紹介する。
そして、照れたように続ける。
「それ以外は自分でも覚えてないんです。チンという名前、それだけです」
チンは苦笑いした。


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